01.桜木夢子のドッキリ

「えへへっ。雄二、高校でもまた同じクラスだね。幼稚園から中学まで全部同じクラスで、高校まで一緒って、最早運命だよね!」



 待て待て待て。ちょっと待て。


 俺、佐伯雄二さえきゆうじは高校入学初日からテンパっていた。


 心臓が胸から飛び出しそうなぐらい異様に脈打って痛い。


 これは目の前の笑顔の少女が言うような『運命』を感じているわけでは断じてない。


 心霊スポットで幽霊に出会ってしまった。そう言う類のやつだ。



「ゆ、夢子、お前がなんでこの高校にいるんだ?」


「雄二がいるから。じゃ、理由にならないかな?」


「なるはずねぇだろっ!」


 思わず出てしまった大きめの声にクラスメイト達がいぶかしそうな視線を送ってきたが、そんな事を気にしている場合じゃない。



「だってお前、別の高校に受験して受かってたじゃん!」



 俺がこの高校に入学した理由はたった一つ。


 幼馴染、桜木夢子さくらぎゆめこと離れたい。


 たったそれだけのため。


 だから夢子の受験する高校について調べて、被らないようにここを受験した。


 それになんなら夢子が受けた高校の受験番号まで調査して、その学校の合格発表まで見てきた。



 間違いなく他校で合格していた。


 なのに幼馴染が今、俺の目の前で笑っている。



 というか昨日、他校の制服を着て俺ん家にわざわざ来て見せびらかしてたじゃないか。



「どうしたの雄二? すごい汗だよ?」


「ごめん、ちょっと整理がつかない」



 怖い怖い怖い。怖すぎて笑う夢子の顔が直視出来ない。



「いえー! ドッキリ大成功ー!」


「............は?」



 ド、ドッキリ?



「私が雄二と別の高校に進学してるドッキリ!」


「いやいやいやいや! ドッキリ!? お前何言ってんの!? てかマジでなにがどうなってんの!? だってお前、あの高校に合格してたし、現にそこの制服だって着てたじゃんか!」


「ねー! あの学校の制服、可愛いよねー」



 可愛いよねーじゃねぇよ。


 もう何がどうなってるのか理解できないんだがーー



「ねえ雄二」



 普段よりワントーン低い氷のような冷たい無機質な幼馴染の声に背筋が伸びる。



「私が雄二と離れ離れになるわけないじゃん」


「..................だな」



 こ、こわっ......

 表情筋が一つも動いてない。



「雄二はさ、私と違う高校に行きたかったの?」



 はい。とは断じていない夢子の表情に、脊椎反射で無意識に首が横に振れる。



「だよねっ! これからもずっとよろしくね、雄二」


「お、おお......」


「高校進学初日から熱々だな。てかまた同じクラスか? ここまでくると、マジですげぇな」


和馬かずま......和馬ぁあああっ!」



 聞き慣れた親友の声に思わず涙腺が緩む。


 振り向いた先にいたのは呆れ顔をしたイケメン、坂梨和馬さかなしかずまだ。



「怖かった......怖かったよぉおおおっ!」


「おーよしよし。てか、俺も怖いよ。まさかあそこまで考えた、『さよなら夢子ちゃん大作戦』がこうもあっさり不発に終わるとはねぇ......」


「.........へぇ。その話の感じ、今回の件、坂梨君も絡んでるのかなー?」


「当たり前だ。俺は雄二を夢子ちゃんの束縛から解放してあげたいからな」


「和馬......俺、たまにお前がマジでイケメン過ぎて、惚れそうになる」


「お、おう......サンキューな」



 そういう照れる姿がまた俺のイタズラ心をくすぐってくるんだよな。


 和馬の照れ顔でトラウマ級のドッキリで傷を負った俺の心が癒やされていく。


「てなわけで夢子ちゃん、高校でもよろしく。俺がいる限り雄二には好き勝手させないからな。こいつは俺が守る」


「坂梨君の雄二を想う気持ちには、なーんか『友情』の枠を超えた何かを感じるのよね......」


「だ、だったらなんだよ」


「.........君とはどっかで決着つけなきゃいけなさそうだね」



 急に険悪ムード。


 睨み合った二人の背後に真っ赤な炎が上がってるように見えるのは気のせいか?


「新入生諸君。入学式始めるから、全員体育館に速やかに移動しろー」


「だってさー! ささ、二人とも仲良く体育館に行くぞー!」


 そんなムードを断ち切る都合のいい誰だかわからない先生の声に救われた俺は、睨み合う二人の背中を押して教室を後にした。

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