幸せのきっかけ
なおやは、18歳になって大学1年生になった。関西の私立大学で、そこそこ名の知れたK大学へ行った。
K大学は、大阪の吹田市にあり、敷地内はとても広い。入り口である大きな門を抜けると、正面には大きな銀色の時計台があり、その左には坂がある。
なおやは文学部の心理学科に入ったので、坂の上にある文学部の校舎へ向かうため、いつもその坂を登っていた。坂は約300m程あり、かなりきつい。毎回登校するのに、300mの坂を登るので、ちょっとした汗をかいてしまう。しかし、坂の両端には木がいくつか置かれており、季節ごとに違った表情を見せる。春には桜、夏には緑色の若葉、秋には赤茶色の紅葉、冬には何も咲かない。なおやは坂を登ること自体はしんどいと思うが、季節によって変わる景色を見るのはとても大好きだった。
坂を登ると、そこにはいくつかの建物が見える。なおやが通っているK大学は、四つの学舎に分かれており、なおやはその中の一つである第一学舎にいつも通っていた。そして、第一学舎には五つの建物に分かれており、それぞれの場所で授業が行われていた。
なおやは軽音学部に所属していた。なおやは元々音楽が好きで、アーティストやバンドが作ってくれた独自の世界観に入るのが好きだった。なおやがいじめられていた中学2年の時は、唯一音楽だけが救いであった。そのことをきっかけに中学3年生になったなおやドラムを始めたが、中途半端に練習していたので、大学になってから本格的にドラムを練習しようと決めた。
なおやが軽音サークルではなくて部活に入ったのは大きな理由がある。それは、人間関係だった。なおやは、バンドをやりたいと思っていたが、人間関係をできるだけ避けようとしていた。なので、ラフで人間関係を重視するサークルよりかは、人間関係より楽器の練習を重視する部活に入った。そして、なおやのイメージ通り、部活では楽器の上達を優先していた雰囲気だったので、満足していた。
こんな感じの大学生活を送っていたので、なおやは表面上の友達はある程度できたが、深い仲を作ることができなかった。授業も大体一人で受けていたし、昼ごはんも大体一人だった。この時のなおやは、本当は深い人間関係を無意識では渇望していた。心を開いて話すことができる友達が欲しかったのだ。
しかし、中学2年生の時のいじめや、母親との不安定な愛着により、どうやって人間関係を作るのかわからないし、何より傷つくのが本当に怖かった。深い人間関係を作ることと、傷つかない事を天秤にかけたなおやは、傷つかない事をとり、友達を作らない事にした。こんな感じでなおやは、6月まで過ごした。
6月に入った時になおやは、あるバンドのコピー練習をしていた。
そのコピー元のバンドは、透明で綺麗な女性ボーカルを筆頭に、物語性のある歌詞を主軸としたSと言うバンドだった。純愛で真っ直ぐな気持ちを、透明度の高い声を持っているボーカルや綺麗なピアノメロディで奏でるこのバンドがなおやは大好きだった。その綺麗な歌声の特徴から、主に恋愛系のアニソンを歌っており、動画は1000万回を超えている再生数を叩き出している。
そして、その大好きなバンドをライブで演奏できる事に、なおやはとても満足していた。
そんな中、なおやはある部員と出会う事になった。
「おはよー!今日はよろしく!」
「、、、おはよう。」
「全然元気ないやん?!」
名前はあずさ。なおやと同じ大学一年生。身長は約150cmぐらいの小柄な女性である。黒髪のショートで鼻が低く、目がぱっちりしていた。見た目からしてかなり可愛らしい格好をしている。
あずさの性格は、なおやの反対でとても明るい。いつも高い声で大笑いしているし、誰彼構わず自分から話しかけるタイプである。それは、なおやにも例外ではなく、積極的に話しかけてきてくれる。
「ねぇ、Sの新曲聞いた?!主題歌歌ってるアニメと歌詞がめっちゃあってるよね!めっちゃ感動した!」
あずさも、なおやが好きなSバンドがとても好きらしく、そこからいつも話が始まっていった。
「うん。僕も早速聞いたよ。とても感動した。」
「だよね!早く聴きたすぎて、早くバンド練習終わらないかなって思っちゃってるもん笑」
「それは真面目にやろうよ。」
「あはは、そうだね!ごめん!」
今回のバンド練習で、あずさはベースを担当している。あずさのベースは性格とは全く正反対で、とても繊細で清らかな音を出す。スライドがとてもスムーズだが、優しい音を出してくれるので、バンドの土台をそっと作ってくれる。
なおやはドラムをしているが、かなり音がはっきりと出やすく、たまに音が硬くなってしまうので、楽器は違えど優しい音を出せるあずさがとても羨ましかった。
「はい、今日のバンド練習は終わり!」ギターのみやぎは言った。
「お疲れ!!」
「うん、お疲れ。」
バンド練習が終わると、部員のみんなは大体部室に向かう。
なおやが所属している軽音部は、K大学の中にある部室棟で二つの部屋を所有している。
一つ目の部屋は、スタジオ部屋である。
部室棟の5階の一番左にある部屋で、12畳の広さがある。入ってすぐ右側にベースの音を拡大するベースアンプがあって、このベースアンプを使って、ベースの音を大きくする。斜め右にクルミ色のドラムがある。
そして部室の左側にはギターアンプのMarshallとJC-120が置かれてある。このギターアンプを使って、ギターの音を拡張させる事ができる。
スタジオの一番奥には、88鍵盤のキーボードが置かれており、その存在感はかなり大きい。
その他に、ボーカルが使うマイクや、スピーカーが複数個、部屋の隅に置かれている。このように、スタジオでバンド練習できるぐらいの機材が置かれているので、十分に練習ができるようになっている。
もう一つの部屋は、軽音の部室である。部室棟の4階で一番左に、なおやが入っている部活の部室がある。
部屋はスタジオ部屋とほぼ一緒の大きさだが、機材や楽器が部屋のスペースを占領していなかったので、少し広くて開放感があるように見える。
部室に入って正面には、32型のテレビとゲーム機、コントローラーが置かれてある。ゲーム機は、部員が持ってきたものをそのまま使っており、様々なキャラクターを使って大乱闘を行うソフトで部員たちがいつもゲームで遊んでいた。
テレビの左側には、大きな正方形の机と、それを囲うように4つの椅子が置いてあって。机の上には、ポスターやパンフレットを作るための筆記用具や紙、食べ残しのお菓子、誰かのピックなどがまばらに置かれていた。
机の左の壁側に、キーボードがある。スタンドがある本格的なものだったが、かなり使い古されているので、そんなに良い音は出ない。しかし、どこか凛とした佇まいをしていた。
後は、部員のギターや座るための椅子が、部屋のランダムの位置に配置されている。
こんな感じでなおやが所属している軽音部は二つの部屋を所有しているのだが、スタジオの練習が終わった部員は、次の授業へ向かうか部室に向かうかの2択である。今日スタジオ練習に入ったなおや達も例外ではなかった。
次の授業まで少し時間があるあずさとなおやは部室へ向かい、そのほかのメンバー達は次の授業へ向かっていった。
「今日も疲れたね!!この曲本当に難しいよ!」
「そうだね、キメも多いしね。一年生の僕らがやるバンドじゃないよ、普通。」
「でも好きだからやりたかったんだよね。」
「まぁ、その気持ちはとても分かるよ。」
なおやとあずさは部室へ入ると、誰もいなかった。あずさはベースを部屋の隅へ置き、真ん中の机に向かい、右側に座った。それに対してなおやは、あずさの正面に座るのは嫌だったので、斜めにある椅子へ座った。
「なおやって、学部で友達とかできた?」
「、、、なんでそんな事聞くんだよ。」
「そのセリフ、絶対友達できてないよね。」
「。。。」
「いやごめんごめん!冗談やで!友達紹介しようか?!」
「余計なお世話だよ!」
あずさとなおやの会話は、いつもあずさがなおやに対してちょっかいをかけてくる所から始まる。なおやはいつも低いテンションで対応するが、あずさはそんな事はお構いなしに、なおやの事をいじりまくる。しかし、なおやはあずさともコミュニケーションに対して、全く悪い気がしなかった。むしろ、心地よさを感じている。
今までなおやは、人格否定が含まれた言葉を散々投げられてきたし、そこには明らかに、悪意と見下しの感情が入っていた。
けれど、あずさのいじりには、全くそのような感情や雰囲気が感じられなかった。むしろ、なおやの事を同じ人間として、対等に会話をしようという姿勢を感じられた。
つまり、なおやはあずさと話すのが好きだったのだ。
「ねぇ、今何時?」
「13:10ぐらいだよ。」
「あー昼休みに練習したからそれぐらいだよね。」
「うん、そうだね。」
「お腹すいたねー。」
「うん、そうだね。」
「ねぇ、どこか食べに行こうよ。」
「うん、そうだね、、、え?」
こうしてなおやは、初めて女子とご飯を食べる事になった。
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