プロローグPart3「殺人鬼として、この世界の渡り方」
都内某所、ビル群の中にある高層ビルでもひときわ高いオフィスビルの最上階。高級レストランに併設された閑静なバーがある。そのバーのバーテンダーは一日おきに変わる。二十代前半の若い男性と、どう見てもそうは見えないけど、本人公認のアラサーの女性だ。しかし最近、高校生くらいの男の子がバイトで入ったらしい。噂によると、かなり美形なんだとか。
「いらっしゃいませ」
今日は男性のほうがバーテンダーを勤めている日だ。落ち着く声で、今日もいらっしゃいませを言ってくれる。この癒やされる声と乙な雰囲気の店内。そして仕事終わりの体に持ってこいの、最高に美味しいカクテル&モクテル。極めつけは、夜の東京という最高の景色を一望できる立地と、その景色に添えるように耳から体内に入ってくるジャズ。
もう最高だ。
「今日は、どうします?」
「明日はここ最近で一番の大仕事があるので、カクテルはやめておきます」
「かしこまりました。では、ベースはいかがいたしましょう」
「オレンジジュースで。あとはお任せでお願いします」
正直、マンゴーとかでもよかったが、それだと甘くなりすぎるので今日はオレンジで。
「かしこまりました」
一通り店内を見回してみたが、今日はバイトの子はいないようだった。
「チョコのスライスとヨーグルトを合わせたものです。もうかなり過ぎてしまいましたが、一応ハロウィン風となっております」
さすがマスター。オレンジジュースでも甘いとわかって、さらにヨーグルトを混ぜてきたねえ。
「うちのバー、最近一人バイトの子が入りましてね。その子のおかげで、モクテルのレパートリーがかなり増えたんですよ」
「そうなんですね~」
「このモクテルに入れたヨーグルトも、海外から取り寄せたしたやつでして。これも彼の思い付きなのですが、この方がオレンジの良さである柑橘系の風味を消さないかなと思ったそうです」
「今日はいないんですか?」
ついつい聞いてしまった。というか、やるな。バイトの子。
「いますよ。さっきからそこに」
と指を指されたのは、カウンターの一番左端の席だった。ひょこんと座って、バーカウンターに背を向けて外の景色を眺めていた。
「うわっ!?ビックリした・・・」
よく見たら店の制服着てるじゃん・・・。
「ここんとこほとんど毎日働いてるらしいので、少し休ませてます。もう二週間ほど、ほぼ毎日で来てもらってます。バーは夜しか営業しないんで、フルで毎日出ても週四十時間は超えないんですよ。うちの店長、人使い荒いので。それに、あの子もあの子で全然断らないのでね」
こちらの話している声が聞こえたのか、こっちを見るなり軽く会釈してきた。手にはグラスが。高校生くらいだと聞いたから、多分モクテルだろう。
「あの、マスター」
「はい?」
「彼が飲んでいるモクテルも、マスターが?」
「いえ、あれは彼が自分で作ったものです。今の自分が飲みたいものは、自分が一番わかってるからと」
「ちなみに、何を作ったのか分かります?」
「確か、マンゴーのジュースにライムを絞って入れてました」
なるほど。それならマンゴーでも甘くなり過ぎずに済むわけか。バイトのくせにスゲーな。っていうか、バーにいても様になる高校生ってなんだよっ!
「ねえ君。それ、自分で作ったんだってね。凄いね。料理とかも得意なの?」
「はい。僕、親いないので。あ、別に気にしないでください」
わざわざ僕を気遣って、僕が一言口にする前に自分で気を遣わせないように即フォローした。多分、馴れているのだろう。
「本当に凄いね」
「いえいえ」
そこで、彼は少し顔を背けた後こう質問してきた。
「あの、つかぬことをお聞きしますが、ご職業ってなんですか?」
「ん?あ~一応刑事をやってる。警視庁勤めだから、こっからはさほど遠くはないな。興味あるかい?」
「いえ。親しめそうな人には、片っ端から聞いてるんです。僕、将来のこと全然考えたことなくて。あんまビジョンが浮かばないっていうか」
「あんま気負わない方がいいぞ少年よ。自分が楽しいと思ったことを、全力で楽しめる人生を歩めるような道を選んで進んでいけばいい。もしバーテンダーの仕事が好きなら、このまま正式にバーテンダーとして雇ってもらうっても手だ」
彼はもっと深く考え込んでしまった。まだ高校生なんだ。まだまだ選択肢は目の前に広がってるだろう。これが、大学生になるにつれてどんどん少なくなって行く。その時残った選択肢に、自分が後悔しなければそれでいい。
「あの・・・名前をお伺いしても?」
「私は大脇だ。大脇義照(おおわきよしてる)」
「大脇さんの勤める警察って、どんな所ですか?やっぱり、殺人鬼(マーダー)とか結構苦労するんですか?」
「悪いな。それは言えん。まぁどんな所かっていえば、毎日物騒な話が飛び交う殺風景な場所だわな」
「そうですか・・・」
ため息と同時に、頭も徐々に下がっていった。
「お二人とも、あまり暗い話をするものではありませんよ。ほらこれをどうぞ。大脇さんには、私からサービスで。君はまかないだと思って受け取ってくれ」
「すみません。では、遠慮なく」
先ほどのオレンジのモクテルよりさらにさっぱりした、どこか心に染みるような爽やかさのあるノンアルコールカクテルだった。
「こちらは、ノンアルコールの白ワインと炭酸水をハーフアンドハーフで、それに沖縄産のライムを絞って入れてます」
「マスター。こっちのは・・・」
「グレープフルーツ果汁とクランベリージュースをハーフアンドハーフ。即席で作ったから、それで勘弁してくれ」
「いえ。ありがとうございます」
まるで、仲のいい年の離れた兄弟みたいな会話のように感じた。
「おや、もう十一時半ですか。すみませんがマスター。今日はここで失礼します。ご馳走さまでした」
かれこれ一時間半弱も経っていた。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
「言われなくてもまた来ますよ」
「お気を付けてお帰りください」
そして私は、今日もこのバーを後にした。
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