プロローグPart2「歩む」



 日をまたいで、翌日。


「おはよっす」


「おはよっぷ〜」


 はいはい、出ましたよ。沢良宜の謎挨拶。お前がやってかわいいとでも思ってんのか?


「言葉には出さない」


「・・・何を?」


 しまった。「お前がやってかわいいと思ってんの?」という正直な気持ちを外に出さないよう抑えるために、普段心の中で納まっていたものが口から出てしまった。

 よし。しかとしよう。何も無かった。そうだ。そうに違いない。


「いや、気にするな。お前は知らないほうがいい」


「そっか」


 明らかに怪しかったのに、全く気にしないなんてさすがボケだな。扱いやすくて助かる。


「あ、そうだ。そういえば、今日返してもらうんじゃなかったのか?八巻から」


「そうだったな。んじゃ行ってくるわ」


「金管理どうなってんだ。確かにお前は両親がいなくて、自分のお金は本当に自分のお金なんだろうけど、それでも雑過ぎだ」


「へいへい」


 まったく、気を使いすぎだボケ。優男かっての。まあそれがアイツの性格で、他人がどうこう言おうが、どう強制されようが、変えようのない性なのだろう。


「あれ、まだ来てないのか。今日は遅いのか」


 午前八時を過ぎようとしている。普段なら、八巻は学校に来て絵でも描いているハズなのだが。


「朝礼まで時間もあるから、校内を回るか」


 まず、教室なし。職員室、なし。美術室なし。音楽室も当然なし。図書館、まず空いてない。


「まったく、どこにいるのやら」


 来ていない、という可能性も無くはないが、彼の性格としては考えにくい。周りからは知られていないが、彼はああ見えて結構マメなタイプだ。この前お金を貸したときも、ニ〜三日遅れるかもしれないと前もって言われていた。そういうやつだ。だからお金を貸した。

 朝の登校時間も、毎日同じ。寸分の違いなく、というと言い過ぎかもしれないが、とはいえ二、三分である。


「おかしいな・・・」


 校庭に出てみた。豊かな芝生の上で、朝練に励む運動部の生徒が十数人いる。倉庫の方にも回ってみよう。もうそこぐらいしか当てがない。それとも今日は休みか?いや、アイツは昨日、と言った。なら僕にできることは信じるだけ、か。


「・・・おや?」


 体育倉庫を覗くと、何やら怒号が飛び交っていた。


「テメェふざけてんのか!?」


「昨日の金を返せだと!?昨日の今日で返せるわけねぇだろーが!!!」


 怒号を放っている者の周りには数人、ガタイの良い男が群がっていた。そして足元に一人。見覚えしかない人の姿があった。


「俺はアイツにウソをつきたくねぇんだよ!!!」


「そんなもん知らねぇよ!!!!」


 蹴り飛ばされる、見知った人影。紛れもなく、ソイツは八巻だった。


「わかったらとっとと失せろよ!!!!」


 八巻それでもしがみつき、離れようとしない。もう片眼が開いていない。真っ青になっている。不良漫画でしか見たことのないような傷が今、目の前の知り合いについている。言われもない暴力だった。


「うざってぇんだよカスが!!!」


 また蹴り飛ばされた。見ていられなかった。


「わかったな!!!!!」


 俺はそいつらを、無性に殺したくなった。というかもう・・・殺していた。


「こ、コイツ殺りやがった!!!?」


 周りにいた連中が騒ぎ立てる。一瞬だった。理性を欠いた瞬間、もう本能に呑まれていた。


「お前らがこの世から失せればいい」


 俺はところ構わず、本能に身を任せて殴り殺した。鏖殺した。虐殺した。絞め殺した。胴を千切って殺した。首を撥ねて殺した。近くに落ちていた鉄の棒で刺して殺した。


「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」


 一息ついてから、冷静を取り戻した。なんとも夏の青空のように清々しい気分だった。俺は、走って学校を飛び出した。

 驚くほど冷静だった。走っている最中、俺は殺人鬼になったんだとわかった。正直、だから何だという気持ちだった。




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