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昨日僕は誕生日だった。昨日というのはつい一分前を指し、つまり現在は十月十一日の午前零時一分である。

誕生日という日には、プレゼントを貰いケーキを食べるらしい。僕はそれをずっと前から知っていた。幼稚園児の頃先生に読み聞かせてもらった本にも、小学生の頃国語の教科書に掲載されていた物語にもそう記されていた。だが僕がそれを実際に経験したのは、もっとずっと後だった。この家に誕生日という概念はない。誕生日とは、昨日や明日と同じ、何の変哲もないただの一日なのである。当然のように僕は誕生日プレゼントを貰ったことはなく、歳の数だけケーキに蝋燭を立ててもらったこともない。

弟は毎年姉に祝ってもらっているようだが、そんなことを羨ましいと思ったことなど一瞬たりともない。僕らの両親は、普段家にいなくて、そのかわり必要な時は有り余るほどの金をくれた。お小遣いという制度もなかった。ただ「必要だ」と一言いえば、その場で財布から数枚の紙幣を出して僕らに手渡した。

僕は机に乗せた自分の手に視線を落とした。仕事から帰って来てぼーっとしているなんて、僕にとってはかなり珍しいことだ。

僕は店長に貰った薄い箱と、荒木さんに貰ったラッピングされた小さな包みを引き寄せた。店長からは最新型のノートパソコンを貰った。店の外での仕事が捗ると思う。荒木さんからは手作りのクッキーを貰った。砂糖がたくさん入っていてとても美味しかった。

僕にとっての誕生日は、もう昨日や明日と同じ一日ではなくなったのだなと思った。



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