五月三十一日、夜の十時。キーボードを叩きながら報告書を作っていると、部屋のドアがコンコンと叩かれた。店長だろうかと思ったが、あの人ならノックなんてしないなと考え直す。僕の部屋を訪れるなんていったい誰だろう。

ドアを開けると国見さんが立っていた。無理に笑顔を作っている。

「あのさ、今から健太と焼肉行くんだけど瀬川君も来ない?」

「まだ仕事が終わってないんで」

なるべくテンションを上げて言われた言葉に、僕はいつも通りのテンションで返事をした。よく周りに冷めていると言われるあのテンションである。

「待ってようか?雑用とかしてたら全然時間経つだろうし」

「今日はあんまりお腹すいてないので」

もう話は終わりでいいですかという雰囲気を醸し出しつつそう言うと、国見さんは「そっかぁ~。それなら仕方ないね」と眉を下げて笑った。彼女は手短に別れの言葉を告げると店の方に戻って行った。

三十分後、報告書と細々した指示をまとめたものを持って店へ向かう。店に出ると、店長がソファーで寝転がりながらノートパソコンを操作していた。

「これ二十七番の報告書です。こっちが今朝の依頼ですが、たぶんこれで大丈夫だと思います」

店長は差し出された紙を受け取り、さっそくチェックを始めた。おそらく数分もかからず終わるので、僕は空いているソファーに腰を下ろす。

「……店長、お腹すきましたね」 

「ふーん。僕は別にすいてないけど」

「そうなんですか。僕はお腹すいてます」

「コンビニで何か買ってきたら?」

「実を言うとさっきからずっとお腹すいてたんです」

三度目の訴えで店長はようやく上体を起こした。

「何が食べたいの?」

「辛くないものなら何でもいいです」

店長はソファーから立ち上がると報告書を僕に返して店の裏の台所へ姿を消した。報告書にミスもなかったし、ご飯を食べてこれを本部に送信すれば今日は帰れる。

国見さんと花宮さんは現在大学四年生だ。本人達も公言している通り、彼らは就職が決まったので数ヶ月もすればこのバイトを辞めるらしい。もうすぐいなくなる人達と、どうして距離を縮めなくてはならないのだろうか。

ご飯を食べて報告書を本部に送信したら帰らなくてはならない。理由がなければその場所にいられなくなったのはいつからだろう。きっと店長は何も言いやしないってわかってるはずなのに。




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