第4話 専属悪魔
場所を移そうと言うので『保健室』にでも行くのかと思ったら、連れてこられたのはカビとホコリの匂いがする屋上だった。
零二は血の匂いがする錆びた扉には触れず、不器用に嵌め込まれている黄ばんだ窓をガタガタと開けて、忍びこんだ。私はするりと壁をすり抜けた。
「ねえ、なんで屋上? 立ち入り禁止のテープとかあったし入っちゃいけない雰囲気だったけど」
「だからこそだよ。シルビアは他の人には見えないみたいだし、僕がシルビアと話してるとこ見られたら、一人でブツブツ言ってるやばいやつだと思われるって」
「確かにそうかもね……。でも、いつもは人間に姿を見せたり見せなかったりとかは自由にできるんだから。あなたにしか姿が見えないのは、私があなたの『専属悪魔』になったから」
「ふぅん、それっていつも僕の傍にいるってこと?」
「そうね。あなたが望むのなら」
「望むよ」
零二はフッと笑ってみせた。
「フン、意外と寂がりなのね」
「いいでしょ? こうしてお互いのことを知っていくのは」
人間たちが騒ぐ声が、遠くで地鳴りのように響いてる。零二はそれを他人事のように聞き流していた。
「人間は群れるものだと思っていたけど、あなたは違うのね」
「……そうかもね」
零二はハアとため息をついた。
「ねえ、シルビア。シルビアは生まれたときから悪魔だった? 」
「それ、どういう意味? 」
質問の意図によってはやはり願いを叶える前に消さなければいけないことになってしまう。特にこいつは鋭いから、余計な情報は何も与えるべきではないと思った。
「いや、特に意味とかはないんだけどさ。死後の世界とかってあるのかな思って」
「何よ、今さら死ぬのが怖くなった? 悪魔との契約は取り消せないんだから」
零二は冗談を言うような軽い口調で言った。
「茶化さないでよ。僕は元々死にたかったんだ。僕は僕の自殺計画に君を取り込んだだけなんだから。死後の世界なんてあったらとんだ迷惑だ」
一瞬時が止まったように感じた。全部の法則がひっくり返ったみたいに聞こえた。
「え? は? なによそれ……。バカじゃないの。自分から死を望むなんて」
意味が分からなかった。私が今まで見てきた人間たちは、誰もそんなこと言わなかった。自らの欲望のためなら死ぬのは怖くないってくらい生命力に溢れた奴らはたくさんいたけど。
「そっか。シルビアには分かんないか」
「ちょっと、何言ってるの。人間に分かって私に分からないことなんてないわ」
「だってさ、君、生きてないじゃん」
零二が放った言葉は、確かにそうなんだけど、すごく失礼な言葉に聞こえた。でも、怒った声を出そうとして止めた。
なんか、零二がすごい真剣な顔してるみたいに見えた。気のせいかもだけど。
「ハア、ごめんなさい。なんか変な空気になっちゃったわね。彼女としてトーク力で挽回するわ。その昔、鳥になりたいと願ったけど私に心臓とられるより先に猟師に撃たれて焼き鳥になったやつの話でも聞く? 」
「いや聞かないよ。てか、フフ、何それ意味わかんない」
今まで零二から聞いた中で一番自然な声な気がした。
「ねえ、シルビアは嫌じゃないの? こんなやつと一緒にいて」
「え、嫌だけど」
当たり前じゃんって顔で零二を見たら、あからさまにゲンナリした顔をしていた。
「うわ、ついさっき語ったプロ意識はどこに行っちゃったの」
「さあね、忘れちゃったわ」
「そっかー」
零二は、それ以上は何も言わなかった。
しばらく無言の時間が流れる。
「ねえ、零二。『授業』とやらには出なくていいの? 」
「・・・・・・行きたくない」
ポスッと零二の頭が肩に乗る。柔らかい髪の毛が頬に当たってくすぐったい。
「ねえ、なんでそんなに頭小さいの? もしかして脳の容積が小さいのかしら? 」
「ちがうし」
なぜだか、ちょっと嬉しそうな声だった。
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