第2話 おかしな願い
「こ、恋人……?」
「そう、恋人」
「は? な、何でよ……。恋人なんて自然にできるものなんじゃないの? あなた、特別モテないわけでもなさそうだし。心臓を捧げてまでやることじゃ……」
人間は、ヘラヘラと笑って首を傾げる。
「止める理由なくない? 僕は心臓と引き換えにお願いを叶えてほしい。君は人間の願いを叶えることで心臓を手に入れたい。利害の一致だよ」
「それは……そうだけど」
「じゃあ、契約成立だね」
·····おかしい。二千年以上千年以上悪魔をやってきて、人間を震え上がらせて、恐れられてきたのに。一匹の人間ごときに言い負かされている気がする。
「あー、ちなみにこれ、期限はいつまで?」
人間は勝手に話を進めていた。
「期限?」
「いつまで、僕の恋人をしてくれるのかってこと」
「え? うーん、そうね。一日? 」
「悪魔さん、恋人とは、だんだん仲を深めてお互いのことを理解し合うものなんですよ。頭悪いんですか?」
人間は、急に真顔になっていた。
「はあ? じゃあ、どのくらいがいいのよ」
「一年間はどう?」
一生、とかそれこそ頭悪すぎることを言い出すかと思って身構えていたので、割と妥当な数字に少しだけ驚いた。
「·····分かったわ。じゃあ、これにサインして」
カバンから契約書とペンを取り出し、人間に渡す。人間はサラリと目を通すと、すぐさま『
ペン先が離れると、契約書は一瞬キラリと光ったあと灰みたいにバラバラになって、空気に溶けていくように消えた。
「おお、すごい。さすが悪魔。あとから見返せないようにするなんてセコいな〜」
「天界のデータベースに保存されたのよ。ずっと持ち歩くのも面倒くさいからね。それに、この契約は人間よりも遥か上位の存在によって縛られてるんだから、どうせ契約内容を反故にすることはできないわよ」
私は、ハアとため息をついた。一年近くこいつの恋人をしなきゃいけないなんて。
「とんだ災難だわ」
「利害の一致、だよ。心臓が欲しい悪魔と人間の」
人間はまた、薄っぺらい笑みを浮かべている。
「じゃあ手始めに、名前で呼び合おっか。名前は?」
「シルビア」
「んっんー。……シルビア」
「なあに?零二」
呼び合ってみても、何も起こらなかった。当たり前だ。私たちは、今日知り合ったばかり。
「え、これからどうすんの」
「知らないわよ。自分で考えたら?」
「いや、願い叶える側が考えてよ」
「はあ? あー……私、急用を思い出したわ。またね、零二」
「え? ちょっと待ってよ」
「恋人は、時間をかけて仲を育んでいくものなんでしょう?焦らない焦らない」
「だから一瞬一瞬の時間を大切に……っておい。窓は反則!!」
「じゃね〜」
私は、窓からふわりと空へ飛び出した。黒い翼を勢いよく動かして零二の住処から離れる。
正直もう二度と会いたくないのだが、悪魔とて契約に縛られている訳だから、恋人役を投げ出すわけにもいかないのがまた面倒。
「やってやりますかー」
ハァ、とため息をついた。人間たちの間で言われている迷信を思い出す。ため息をついたら幸せが逃げていく、と。
悲しいことがあってため息をついたら、さらに幸せが逃げていくなんて。そんな切ないことないよね。
大嫌いな人間という種族の、恋人になる。そんな一年を想像して、またため息が出そうになるけど、我慢する。
代わりに、拳を空へ突き上げた。
「やったる……でー……はあ」
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