第1話 ターゲット
「ならば、信じさせてあげます」
私は、ばたりと閉まってしまった扉をすり抜けて言った。
ついでにフッと微笑を浮かべてみせる。
キマった……!
心の中で、ガッツポーズをしていた。神の命により悪魔として活動すること二千年。このミステリアスな笑みもだいぶ板に付いてきたような気がする。
「·····そうですか」
だが、返ってきた反応は極めて淡白なものだった。いや、人間だったらビビれよ。目の前で非科学的な現象起こっちゃってんだぞ。
そう思って改めて人間を観察してみると、まだ大人になりきっていない肉体に気づいた。
幼さの残る輪郭に、キザったく目にかかった長い前髪。その間から覗く、黒く瑞々しい瞳。顔立ちは整っているが·····思春期男子と呼ばれる面倒臭い種族の人間と見る。
悪魔の第六感というやつなのか、私は人間が抱く『欲望』の重さをはかることができる。高い欲望値を嗅ぎ付けて来てみたけど、こんなガキに大層な欲があるのかと、疑いたくなってしまう。
私がそんなことを考えている間、その人間は私のことを面白そうに眺めていた。やがて薄い唇が開かれた。
「君すごいね。でも、家主に無断で侵入するのは良くないよ」
本当に、全く動揺していない。ううん、この言葉を聞けば·····。気を取り直してマニュアル通りの言葉を紡いだ。
「はっ、聞いて驚くな。私は悪魔だ。貴様の願いを一つ叶えてやる」
人間の、生意気に細められていた目が大きく見開かれた。口角もさっきまで無表情だった人間とは思えないほど吊り上がる。
「じゃあさ·····いや、立ち話もなんだし、よかったら上がってかない?」
そして、私は初めて人間の家に招かれた。
○○○○○○○○○○○○
透明なグラスに、琥珀色の液体がトクトクと注がれる。中に入っていた氷がカラコロと涼し気な音を奏でる。
よいしょっと人間が目の前に腰を下ろしたので、軽く睨みつけておいた。悪魔を自ら家に入れるとか、ナメてんのかと怒鳴りたくなってしまう。
「立ってないで座りなよ」
そう言われたので仕方なく座ってやった。本当は人間と同じ目線にはなりたくなかったんだけどね。
「それで、僕の願いを叶えてくれるんだよね。悪魔らしく心臓と引き換えに、かな」
人間が話を切り出した。声変わりをした後なのか、低く落ち着いている。態度も余裕たっぷりで、いちいち腹が立つ。
「そうよ。よく知っているわね、人間のガキのくせに。フッ、二千年も活動を続けた甲斐があったわね」
「·····それどういうこと? 知名度上げるために動いてる、みたいに言うね。悪魔は人間が苦しむ姿を見たいだけなんじゃないの? 」
いきなりの鋭い指摘に、私は身体をざっくり斬られたみたいな感覚になった。やばい、人間の子どもだからって油断してた。
「え? そ、それはっ、もちろんそうよ!」
ああ、どうしよう。最悪こいつを今すぐ消すことも‥‥‥。これ以上詮索されたら殺そう。身構えたが、そいつは多くを聞こうとはしなかった。
「·····まあいいや。それより僕のお願いを聞いて」
「ずいぶんあっさりしてるのね。あなた、願いが叶ったら死ぬのに」
「知ってるよ。笑わないで聞いてね」
「人間のくだらない願いを笑ってはいけないとマニュアルには書いてなかったわ」
「マニュアル……ね。嫌い、そういうの」
「いいから願いを言ってみろ、人間よ」
「それもマニュアル?」
「そうだけど」
「んー、僕はそのままの君の方が好きだよ。自然体で話して。その方が可愛い」
「ハア?····· なに急に。口説いてんの?」
からかうつもりで言ったのだが、人間の方は本気だったらしい。
「そうだよ」
なめらかに手が差し出される。
「僕の恋人になってよ。心臓と引き換えに」
少しばかり、理解が追いつかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます