二問目

「そ、宗吉さん! あの、そっちに香菜、香菜は来てませんか!?」


 明らかに錯乱、慌てふためている様子の香菜の母親の声が宗吉の耳に響く。予想外の相手に宗吉は立ち上がろうとするが座ってろと膝に鋭い蹴りが入り、悶絶しながら無理矢理椅子に座らされる。


「あの……さっき、家にいたのに急にいなくなって……私も、パパも目離してなかったんですけど、その……」

「香菜……香菜ちゃんが……いないんですか」

「近所の方に聞いたり、公園を回ったんですがどこにも、いなくて……」


 宗吉は鼠を睨みつける。だが、鼠は何も言わず、代わりに宗吉の反応を嘲笑う様に歯を見せつけてくるだけだ。宗吉はひとまず、母親を落ち着かせる為に至極冷静な態度を演じて応答する。


「お……落ち着いて、ください。こちらに、香菜ちゃんは来てない、みたいで」

「どうしよう……あの子、本当どこに……」

「もう一度……心当たりありそうな場所を、探してみてください。もし見つかれば、私の……方から連絡、しますから」

「よろしくお願いします……!」


 母親の涙声が途切れる。鼠は通話が終わると宗吉のスマートフォンを床に叩きつけて、思いっきり踏みつける。何度も何度も踏みつけて、機械部分さえ粉々にすると、満足した様な様子で再び宗吉に顔を向けて。


「どこ行ったんだろうね~香菜ちゃんは……。小さい子って気まぐれだからさ、神様も遊びたが」

「ふざけるな!」


 とうとう耐え切れず、宗吉は怒声を浴びせる。


「俺を……俺を恨むのならば好きにすればいい。だが……あの子や俺に関わる人間を傷つけるのなら」

「すげえな。真人間のつもりかよ、あんた」


 感情の籠っていない、平坦な口調で鼠はそう言いながら何故だか一緒に持ってきたボストンバッグに向けて拳銃の銃口を向ける。その動作に気づき、宗吉の顔色が変わる。この流れ、からして銃口が向けられている意味。そして、香菜の小ささを考えると……。


「二問目。俺はあんたの被害者でもあり、そして加害者でもある」

「……それに答えたら」


 宗吉の質問に、鼠は何も言わず銃口を向け続けている。歯軋りが止まらない。もしも。もしもの想像が正解だとしたら、間違いなくあのバッグには……宗吉は出されたヒントを頭で組み立てる。過去であり、被害者、そして加害者、の意味。今まで……殺めてきたヤクザの構成員ではないとしたら、それに通じている組織、警察組織や麻薬組織の一員か……と来て。


 まさか、と思う。この男も……。宗吉が答えを口に出そうとした瞬間、鼠は言い放った。


「時間稼ぎお疲れ」

「お、おい、待て!」


 プスン、と三連でスプレッサーの空気音が鳴る。思わず、宗吉は目を伏せる。だが、目を伏せた所で意識的に目は、捉えてしまう。穴の開いたバッグの下部からじわじわと赤い液体が床に染みていく。宗吉はその様に、声にならない、声すら出ないが口元を大きく開けながら憤怒に任せて席から立ち上がり鼠に掴みかかろうとした、が。


「だから座ってろ」


 宗吉の怒りに任せた行動も空しく、鼠の中段蹴りが奇麗に腹部を捉える。口からごぼっと、痰と涎を吐き出しながら宗吉は抵抗する間もなく椅子どころか床へと薙ぎ倒される。出血により次第に麻痺してきた右腕と、薄暗くなりだす視界の端で、血塗れのバックが映る。何故、こうなったのかさえも分からない。……いや、と宗吉は思う。


 とうとう、過去に向き合わねばならない時が来たのかもしれない、と。


「本当にあんたにはがっかりしてるよ。この日を俺がどれだけ待ち望んでたのかもあんたは知らんだろうが、心の底からがっかりだ。反吐が出る」


 つかつかと歩いてきて、宗吉の額に銃口を押し付けながら。


「やっぱりもう死ぬか、あんた。つまらん」

「タ……」


 ボソリ、と宗吉が何かを呟く。あ? と鼠は銃口を下げて、宗吉の耳元へと寄り添う。宗吉はボソリ、ボソリと。


「タオルを……肩に、くれ。まだ……二問目だろ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る