第5話 

「なんで殴ったの! 私、塀にもたれるほど弱ってたの見たでしょ?!」


「いやきみが殴れっていったんじゃないか。SM趣味に巻き込まないでくれよ、気持ち悪い」


「はー、そんな趣味ありませんぅー。私は健全な百合好きですぅう」


「よい、しょっと」


「痛ったぁ! またやりやがったぁ!」



 この鞄の重さ……辞書入りだな? 幼馴染に対しての殺意高くない? 気のせい?


 ともかくまぁ、ひなたのお陰で正気を取り戻すことが出来たので、私たちも学校へ向かおう。


早めに出たおかげで遅刻するような事はないだろうけど、それでも教室には早めに着いて、おそらく私の席を占有しようとしているあの女をどうにかせねばならない。本当、あの女についてはどうしてああなってしまったのか、検討もつかないんだよなぁ。


 どうしたものかと悩ませていると、ふと、ひなたがこちらを眺めている姿が目の端に映った。


なんだなんだ、惚れちまったか。かー、モテる女は辛いねぇ……恋人なんかいないし、出来る気もしないんだけれども。考えたら悲しくなってきた。



「どうしたの、ひなた」


「……いやぁ、さっきの和歌の姿を思い出すと、気持ち悪いなぁって」


「は?! なんで急に悪口言われたの?!」


「大方また、百合の事でも考えていたんだろ。趣味を悪く言うつもりはさらさらないけど、人様に迷惑をかけるのはどうかと思うね、ぼくは」


「うっぐ……あれは不可抗力というか……」


「反省は?」


「しています……」



 それについてはひなたに対して強く否定できない。本当あれについては反省すべきだ。いっそ本当に深海生物になりたい。私はメンダコになりたい。


 それはそれとしてひなたからの唐突なダメ出しに追加のダメージを受けて、瀕死の私は余計な事を言わないようにしょぼんに暮れておく。



「きみはさぁ、そうやって静々としていれば……」


「……静々としていれば?」


「……一端の女性っぽいんだから、しゃんとしなよ」


「ぽいも何も、女性なんですけど?! 見てこの長く麗かな黒髪! 自分で言ってて恥ずかしくなってきた!」


「言わなきゃいいのに。でも、その黒髪は良く似合ってるよね。立てば芍薬、座れば牡丹」


「あ、なんだっけそれ。えっと、歩く姿は……」


「……カリフラワー」


「カリフラワー?! 花要素なくない?!」


「あのモサモサって全部花らしいよ」


「マジで?!」

 


 そうしてやいのやいの言いながら、学校中央の正門を潜り抜ける。この学校に入ってからそう時間は経っていないけど、すでに桜には緑色した葉っぱが混じっていて、時間の流れを感じさせる。ふむ、時間といえば、ひなたとはずいぶん長い付き合いをしている。


 ひなたは小学生のころ、名前に『た』が入っているという事で男かよ、などとバカな男子にバカみたいな嫌がらせを受けていた。


今もそうだけど、当時は一層背が小さくて、揶揄われた時に抵抗するなんて事はほとんど出来なかった彼女を見て、私はそれはそれは、男子に対して腹を立てた。


どれくらい腹を立てたのかと言うと、その『一件』でクラスの半分くらいの生徒が、その後クラス替えが行われるまで口を聞いてくれなくなるくらいに腹を立ててしまった。いや、あれはもう、口を閉ざしていたと言った方が正しいかもしれない。名前を呼んではならないあの方みたいな扱いだったし。


 それでもというか、ひなたは私の友達として振る舞ってくれるようになり、中学へ進学しても相変わらず仲良し、さらに高校まで一緒になったと言うのだから、これはもう親友と呼んでも差し支えない間柄だろう。


 ふと懐かしくなって、そんな親友を今度は私の方から眺めてやる。



「なんだよ、じっと見て。きみは百合好きであって、女体好きではなかったと思っていたけど、違ったか」

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