第14話 マージョリーとカリス

 マージョリーたんは昔、カリスの面倒を見たことがある。


 怪我を直してもらったカリスは、しばらくジンデル伯爵のもとで働いていた。


 しかし、屋敷が古巣からの襲撃に遭う。責任を感じたカリスは、やむなくマージョリーたんの元を離れたのだった。


「あなたは単身で、元いた部隊を滅ぼしたのでしょう? またわたくしのところに、戻っていらして!」


 ためらいの顔を向けながら、カリスは歯を食いしばる。


「ええい、拾ってくださった恩師といえど、今は敵でございまする!」


 恩を受けた相手に、カリスは刃を向けた。


「カリス、戻ってらして!」


 本気で攻め込むカリスに対して、マージョリーたんは動きに精彩を欠いている。


「……あなたは、何もお気づきではないのですか?」


 さすがにカリスも、攻撃の手が緩んだ。


「あのときの我が任務は、あなたの暗殺だったのですよ」


「ええ、そうだったのでしょうね」


「――っ!」


 カリスが、息を呑む。


「いつ、気づいていらした?」


「さっきイーデンさんが、騎士を治療しているときです。わたくしも、彼らの傷を見ました。あなたの全身についていた傷と、そっくりで。おそらく当時、あなたはご自分で傷を負ったのですね?」


 マージョリーたんは、魔神の盾というチートに近いインテリジェンス・ウェポンを操る。そんな相手を、ゼノンは恐れたのだ。


「マージョリー様。そこまでお気づきになりながら、なおも手心を加えようと」


「戻ってください、カリス。共に魔王と戦いましょう」


「なりませぬ。このブリアック・カリス、あなたに討たれて死にます!」


 カリスが再び、身構えた。


 彼にとって『黒橡くろつるばみ』は、喪服というより「死に装束」というわけか。


「ダテさん、カリスと、戦うしかありませんの?」


『今考える! マージョリーたんは、耐えて!』


「はい! 良案をお待ちしておりますわ」


 良案っていったって。


 カリスの説得は、困難だ。


 仲間になることは、攻略サイトでわかっている。しかし、私も方法まではわからないのだ。ここに来て、情報がない。


「ゼノンの領域から、増援! すごい数のモンスターです!」


 騎士が、ヴィル王女に伝達をしにきた。


 上空に、飛行型の魔物が群れをなしている。強敵である、デーモンタイプの姿も確認した。


 まさに「泣き面に蜂」だ。ここに来て、さらなるトラブルとは。


 ここまでなの?


「来たわね。マージョリー! あたしはそっちに行くから、カリスはお願いできる?」


「承知しました」


 魔物の群れとカリスの相手なら、カリスの足止めだろう。


 みんな、懸命に戦っている。


 なのに、何もアドバイスができないなんて。


 おそらく、カリスを倒してヴィル姫と合流すれば、全員が助かる。


……それでいいのか? カリスを救うことが、できないのに。


『あと気のせいかもしれないんだけど、どうも狙いがヴィル姫じゃないみたいなんだよね?』


「ヴィル王女がカリスのターゲットではない?」


『多分だけど、ターゲットは他にいる』


 しかし、私が気になるのはそこまでだ。 


『ごめん。偉そうに守るだなんて言って、役に立てなくて』


「……ダテさん。わたくしがここに立てているのは、あなたのおかげなのですよ?」


 マージョリーたんが、落ち込む私に声をかけてきた。


『私の?』


「ワイバーンと、戦ったときのことです。わたくし、震えていましたでしょ? あなたが、気づかないわけがありませんわ」


 マージョリーたんから告げられて、私はハッとなる。


 たしかにあのとき、マージョリーたんの足はガクガクと震えていた。


 そんな恐怖を払うために、私はあえておどけてみせたのである。


「でも、あなたのアドバイスと鼓舞があったから、わたくしは勝つことができましたのよ。それをお忘れなく」


 ゲームキャラから、励まされちゃった。


 やっぱり、この世界の人は、ちゃんと血が通っているのだ。キャラクターなんかじゃない。

『とはいえ、どうやってあれだけの数を倒すか、だよね』


 ヴィル王女でさえ、手を焼くツワモノばかりだ。このままでは、押し込まれる。城

も壊滅してしまうだろう。最初からそうなるように仕込まれたイベントだし。


 しかも、カリスは生かしておかなければ。


「わたくしは、心配などしておりません。あなたとだったら、どんな困難さえ乗り越えられるでしょう。空を飛ぶことだって、可能ですわ!」



 空を、飛ぶ……そうか!



『あったよ。起死回生の策が』


「なんですの?」


『クラスチェンジだよ。【ヴァルキリー】への』


【ヴァルキリー】は、女性だけがなれるナイト職だ。背中に天使の羽を持つ飛行ユニットであり、強力なマップ兵器を持つ。


 ただし、マージョリーたんの現在のジョブである【パラディン】より、防御力は著しく落ちる。空を飛ぶために軽量化するためだ。


 ワイバーンを二匹倒して、マージョリーたんはクラスチェンジできるレベルに達していた。どうすべきか迷った挙げ句、クラスチェンジを後回しにしていたのである。


『装甲が薄くなるけど、いい?』


「この戦局を乗り越えるためなら、なんだって耐えてみせますわ!」


『わかった!』


 このクソ度胸、さすが。これでこそマージョリーたんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る