第38話 決着

「大人しく投降しろ。君なら戦力差が読めないことはないはずだ」

 竹刀を突きつけ、淡々と通告する。これまでの言動を見る限り、羽黒は集団の頭として有能な男だ。間違っても胡坐を搔いているだけじゃない。

「くくく。まったくとんでもない野郎がいたもんだ」

 この場にいる仲間は一人残らず倒された。どこかに隠れている様子はなく、援軍も来ないだろう。完全に追いつめられたような形だが、余裕のある態度を崩していない。だからこそシャリアも警戒を解かないのだ。

「俺と組まないか? 今よりよっぽど楽しいぜ」

 シャリアの眉がピクリと動く。流石に予想していなかったみたいだ。

「冗談……という訳ではないようね」

 相手の隙を衝くとか、苦し紛れの提案という感じはしない。本気で勧誘しているからこそ意図を掴めない。

「私は君が作った組織を潰した存在だよ。憎むのが当然だと思うが」

「そういうもんを超えちまったんだよ。イキそうになっちまったくらいだ」

 恐らく単純な強さだけを言っているのではない。市川両介には二人の魂が肉体に宿っている。一個の存在としてあまりにも不安定だが、それら全てをひっくるめて仲間に誘っているのだ。

 もちろん羽黒は真実を知らないが、二人がとんでもないモノだということは理解したのだろう。

「組織なんてものはいくらでも作れんだよ。面白い話だと思わないか」

「上手くいくとは思えないな。君だってお腹を痛めたくないだろう」

 正義の士であるシャリアはもちろん、同じ悪党であるガデスもまた制御できない存在である。どんなに利が合ったとしても羽黒の言う事なんて聞くタマじゃない。獅子身中の虫どころか病原菌を抱えるようなものだ。

「何ならお前が頭でも構わないぜ。好き勝手に暴れろよ。その力があればやりたい放題できるぜ。欲しいモノがいくらでも手に入るってもんだ」

 狂ったような笑みを浮かべているが、本気さが嫌というほど伝わってくる。まるで脳内を快楽物質に包まれているみたいだ。


「何故そこまで?」

「極上の果実が腐っていくのをどうして放っておける。このままじゃあまりに勿体ないってもんだ」

 羽黒の言いたいことが何となくわかる気がした。人はあまりにも圧倒的な強さや才能を目の当たりにすると、全てを忘れて惹かれてしまうものである。それはスポーツ選手や芸術作品だけではない。自分たちを追い詰める相手でも同じだ。

 仮に己を破滅させるかもしれない光だとしても求めてしまう。とことん近づいてしまう。他でもない両介が二人の存在に頭を焼かれているのだから。

「今のお前は自分で自分を縛っているようなもんだろ。本当にそれで満足なのか?」

 バカにしているのでもなければ、挑発しているのでもない。油断を誘うという意図もなさそうだ。本当に心から哀しみ、敵であるシャリアをを気遣っている。

「お前が正しいことをしても認めてくれる奴がどれだけいるんだ。むしろ厄介者扱いされるのがオチだろ」

 まるで見てきたかのように語る羽黒を、安易に否定することはできなかった。多少やりすぎなところもあるが、シャリアは誰よりも正義を貫いている。言わば正しいことのために力を使っているのだ。

 だが現実は宇宙警察の中で厄介者扱いされ、エリートとは程遠い部署へ回されている。彼女個人の能力は優れていても、上から見れば優秀な警察官と言えない存在なのだ。

 両介ですら彼女をよく知らなければ、同じ行動を取っていたはずだ。シャリアを遠ざけようとする人間の気持ちが理解できてしまうのだ。

「そのくせ都合の良いときだけ利用する。あれだけ煙たくしておきながら、どれだけ面の皮が厚いんだよ。俺らよかよっぽど性質が悪いってもんだ」

 太田がバツの悪そうに目を伏せている。事情を知らなかったとはいえ、彼にも暴言を吐かれたのだ。散々鬱陶しいと思っていたくせに助けられた。彼からすれば耳が痛い話だろう。人間として当然の反応である。

「いくら真面目に生きようが俺らみたいな奴らに奪われるか、善人たちに利用されるだけだぜ。搾取される相手が変わるだけの話だ。だったら引っ掻き回す方になろうぜ。バカな奴らなんて気にするなよ」

 心臓の鼓動がうるさいくらいに響いている。シャリアは果たして何を返すのか。どう答えるのか。勧誘に乗らないことは確信できる。

 だから気になるのは彼女の心。どう思っているのかだ。この問いは自分や太田たちにはできない。悪党だからこそ真に迫れるものだからだ。

 全てを受け止めたシャリアが羽黒を見据える。


「それの何がいけないんだ」

 ぽつりと零れる言葉。温かくも力強い声音。揺れることのない瞳はただ真っ直ぐに前だけを見ている。


「正義を貫き、悪の手から人々を守る。そのためならいくらだって戦えるさ。誰かに嫌われたとしても構わないよ。人々の力になれるならね」

 優しく告げる姿は普段と何も変わらない。彼女だって組織の人間だ。宇宙警察が巨大であるほど、様々なしがらみや制約があるはずである。ままならない現実を何度も目にしてきたのだろう。

 それでも決して言い訳はしない。目に映る人々の安全と生活を守るために自らの力を振るう。己のすべきことを全うする。

「もしそのためにこの力が必要ないなら、捨てても構わないさ」

 圧倒的な戦闘力を持ちながら、その力を無闇に振るうことはしない。彼女はきっと変わらないだろう。力がなくてもきっと同じことをする。

 シャリアはどんなときもブレることはない。ただ強く優しい笑顔で応えるのだ。

「君が思うほど悪いことばかりでもないよ。多少やりすぎても始末書で済むからね」

「いや、それ、絶対に丸く収まってないからね」

 思わず口を挟んでしまう。シャリアの行動で胃を痛める人間はいるし、組織のどこかに負担が掛かっているはずだ。良い人であることと、組織にとって良い人間であるかは別の問題である。

「言っても無駄ってことか。これだからイカレ野郎は」

 顔を歪めながら舌打ちする。羽黒だってこうなることはわかっていたはずだが、どこか残念そうに見えるのは気のせいではない。彼なりに本気で勧誘していたのだ。

「お前の見立ては正しいよ。戦力差がわからないほど俺はバカじゃない」

 声音は明るいが雰囲気が変わっていた。シャリアは即座に戦闘態勢へと移行する。


「だから死ね!」

 懐から何かを抜いた瞬間、光の線が真っ直ぐに走った。反射的に竹刀を構えたが、すぐに顔を逸らす。


「シャリア!」

 目を剝きながら叫ぶ。時間が止まったような感覚。最悪の光景が頭を過ぎり、身体が一気に冷たくなった。それでも目を逸らすことはできない。

 シャリアはしっかりと立っており、目に見える怪我はない。どうやら焼けたのは衣服だけのようだ。肩口の部分が抉れており、焦げた臭いが離れていても鼻を衝く。光の線は彼女の頬のすぐ横を通り過ぎていったのだ。もう少し反応が遅れていたら、顔に直撃していただろう。

「こいつは特注品だ。いくらテメェでも苦労するだろ」

 羽黒の手には小型の拳銃が握られている。フォルムは普通の銃だが、ただの銃じゃないことは理解できる。弾もなく、音もほとんどしないのに威力は高い。まるで空想作品の中に出てくる光線銃だ。

 以前ならこの目にしても簡単に信じなかっただろう。だが今の両介はそれが現実に存在することを知っている。

(あいつは宇宙人なのか?)

 姿かたちは人間そのものだが、外見だけじゃ判断できない。宇宙にある技術を使えば、容易に擬態することができるのだから。

 踊るように戦っていたシャリアの足が止まっている。脅威は大きく増しており、いくら彼女でも迂闊には飛び込めないようだ。


「消えちまいな!」

 向けられる銃口。シャリアの目が見開き、咄嗟に身を屈ませた。竹刀が真っ二つに切り落とされ、パラパラと破片が落ちる。頭が吹き飛ばされてもおかしくなかった。

 足を止めることは許されない。次々と弾が放たれるからだ。乱舞する光はスポットライトのように闇を照らし、部屋を焦がしていく。

 速さもリーチも羽黒にある。普通の拳銃より取り回しが速く、弾が尽きる様子はない。動き回って避け続けているが、簡単に逃げ切れるものではなかった。衣服に開いていく穴がそれを物語っている。このままでは捉まってしまうかもしれない。

 それでも彼女は逃げなかった。何故と問うことなど無駄だと言える。他でもない守るべき人間たちがここにいるからだ。

 持っていた竹刀を投げつけ、前に出る。初めて攻撃に転じたのだが、こんなことで怯む羽黒ではない。避けながらも銃口だけは標的を捉え続けていた。

 絶叫をあげる暇もなく、死を告げる光線が放たれた。

 光はシャリアの髪を僅かに飛ばす。走るよりも更に低い。スライディングの体勢で潜り抜けたのだ。


「これで終わりだ!」

 何とか攻撃を躱したが、最早手札は残っていない。完全に間合いを詰めることもできなかった。飛び掛かるより先に光が貫くだろう。

 勝利を確信した羽黒の指が引き金に掛かった。

 死を告げる銃口が僅かに逸れ、光はあらぬ方向へと飛んでいく。戦いを見ていた両介たちはもちろん、羽黒もまた驚愕する。

 それは彼にとっても意識の外。折れた竹刀が己の手に直撃したのだ。

 シャリアは地面を滑りながら、落ちていた先端を蹴り上げたのだ。即席の飛び道具は矢の如く速さで迫り、銃撃を逸らす。

 すぐに態勢を整えると銃を構え、額へと突きつける。間一髪のところで躱し、懐へと飛び込んだ。相手の呼吸を感じるほどの至近距離。拳すら満足に出せない接近戦。派手に撃ちまくっていた羽黒の動きが僅かに止まる。

 距離を取るか、銃で迎撃するのか、それとも肉弾戦を仕掛けるのか。迷いは思考を停止させ、次の行動を鈍らせる。


 その隙を彼女は見過ごさない。


 羽黒の服を掴むと同時に身を捻る。肉体がくるりと回転し、激しい衝撃音が木霊する。美しさを感じるほど見事な背負い投げである。瞬きすらできない速さで投げられたのだ。

 声にならない音を漏らし、羽黒は目を剥いた。肉体が小刻みに震えており、唾と胃液の混じった飛沫を口から飛ばしている。言葉を発することができないのだ。

 まだ意識を保っているようだが、この場合は幸運とは呼べない。

 受け身もできない人間がコンクリートの地面に思いきり叩きつけられる。ましてやシャリアは格闘技の達人でもある。鉄パイプやバットなどで殴るより遥かにダメージは重いはずだ。

 自由に動かせない身体。両目からは自然と涙が滲んでしまう。彼のプライドが許さなくても、肉体が勝手に反応してしまう。自ら意識を断つこともできないのだ。想像を絶する激痛であろう。痛みは熱を伴うものだとよく言われるが、羽黒が灼熱の中に身を晒しているように見えた。


 彼はしばらくの間、生き地獄にいなければならない。これまでの被害者たちの痛みや苦しみをまとめて味わうように。

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