第39話 戦いの後で


「無茶しないでよ。心配だったんだからね」

 急いで駆け寄ると、シャリアは笑顔で応えてくれた。彼女の実力は知っているが、それでも不安が消えることはない。こちらの予想を超えるほど無謀なことをするからだ。

「腕は大丈夫なの」

「服が焦げただけだよ。問題ないわ」

 あれだけの人数を相手にしながら怪我一つしていない。改めてその強さを実感する。

「この人たちはどうする? 一応縛っておいた方がいいのかな」

 病院に連絡する際に、太田は警察にも連絡を入れていた。程なくサイレンが聞こえてくるだろう。

「その必要はないよ。どうやら逃げる元気はなさそうだからね。あとは警察に任せましょう」

 窃盗団に抵抗する力は残されておらず、立ち上がれる者も皆無だった。死屍累々といった様子で全員逮捕されるはずだ。

「本当に容赦ないね。少し可哀想に思えるよ」

 まさか一晩で組織を壊滅させられるなど思わなかったはずだ。彼らにとって悪夢でしかない。きっとトラウマになる者もいるだろう。

「あの人ってやっぱり宇宙人なの?」

「可能性は低いと思う。擬態しているような感じもしない」

 倒れている羽黒に目を向ける。宇宙人と言ってもシャリアたちのように外見に差のないこともある。仮に人間の姿をしてなくても擬態すれば問題なくなる。パッと見ただけでは宇宙人かどうかなど素人にはわからなかった。


「何か気になるところでもあった?」

 シャリアは落ちていた光線銃を手に取り、まじまじと見つめている。

「とても大切に扱っているわ。型は旧いけどまるで新品みたい。備品を大事にする精神は見習わないといけないわね」

 表面はよく磨かれており、手入れもしっかりされている。単なる道具として扱っていないのは両介にも理解できた。

「あの人にとっては強力な武器だからね。大事にもするでしょ」

「いいえ。これを使ったのは今日が初めてでしょうね」

 刑事の勘というやつか、それとも経験からきているのか。確信のこもった口調で言い当てる。

「どうして今まで使わなかったんだろ」

「そこまではわからないわ。ただ彼が人を殺めたことがあったとしても、これは決して使っていない。それだけはわかるの」

 恐らくシャリアの予想は間違っていないだろう。だからこそ羽黒の考えがよくわからない。

「やっぱり補給が難しいからかな。切り札は取っておきたいし」

 仕組みはよくわからないがそれが銃であるかぎり、弾が必要になる。バカみたいに撃ちまくっていたら、あっという間に枯渇する。

 地球で部品や弾を調達するのは、かなり手間が掛かるというのは何度も聞いた。使うのに慎重になるのもわかる。

 こうやって頭の中には尤もらしい仮説が浮かんでくるのだが、どこか腑に落ちない感じがした。こういうことをしていれば修羅場の一つや二つは経験してきたはずだ。下手をすれば生命を落としていたかもしれない。

 それなのにこれだけ強力な武器を今まで使わないということはあり得るのか。羽黒という男は効率的な男だ。使えるものは何だって使おうとする男だろう。

 シャリアも頭を捻っているが答えは出ないようだ。自分の直感に思考が付いていかないのはどこか彼女らしい。

「いずれにしろこのままにはしておけない。これは私が処分しておくわ」

 光線銃を胸に仕舞う。シャリアに任せれば安心だろう。何を仕出かすかわからない男の手に渡らなかったことに心から安堵する。

「もう少し詳しい話を訊きたいけど、そんな時間はなさそうね」

 残念そうに唇を噛んだ。この件とアインは関係ないようだが、羽黒は他の犯罪者と繋がっているかもしれないのだ。光線銃を手に入れた経緯もわからない。刑事としてとことん突き止めたいのが本音だろう。

 しかし現在地獄の真っ只中にいる羽黒は会話ができる状態ではないし、まもなく警察と救急車がやってくる。はっきり言ってこの場にいることは得策ではない。これ以上ややこしくなれば、ますます日常生活が送りにくくなる。


「その、ありがとう、市川。まさかお前に助けられるなんて」

 太田が遠慮がちにお礼を述べるが、余所余所しさが抜けていない。感謝しているのは本当だろうが、どこか警戒心が漂っている。

「二人とも怪我はないかな? どこか痛むならすぐに言ってくれ」

 もちろんシャリアが気にすることはない。心の底から身を案じている。

「うるさい! 放っておいてくれ!」

 座っていた吉崎に手を差し伸べるが、勢いよく払いのけた。怒りがありありと浮かんでいる。

「これがお前の実力ってことか。やっぱりあのとき手を抜いていたんだな」

 少し前に道場で打ち合ったときの事を言っている。吉崎ほどの実力者が気づかないはずはない。今日までずっと違和感を抱いていたのだ。

「他人をおちょくるのがそんなに楽しいか。それとも弱い奴の相手をするのがよっぽど嫌なのかよ」

 これだけの人数を圧倒する戦闘力。不良たちを圧倒する腕っ節。剣道とは程遠い戦闘スタイル。なまじ武道の経験があるからこそ、どうしてあんな戦い方ができるのか理解できない。

「そ、そんなつもりはないんだ。これには色々あって」

 おまけに目の前で銃撃戦を繰り広げた相手を打ち倒してしまった。二人の目にはさぞ異質に映っていただろう。理解不能な面がますます大きくなり、不審感が爆発寸前まで膨れ上がっている。

「じゃあどういうつもりなんだよ」

 言い訳は通じない。誤魔化すことも至難の業だった。

「おまえは、お前は何なんだよ。何がしたいんだよ」

 そして行き当たる答え。これまで何度も問われてきたこと。心の底からの疑問であり、第三者からすればこれが当たり前の反応なのだ。

 吉崎も太田も素直にお礼は言えない。言うことができない。それを自分勝手だと罵るのは酷だろう。

 目の前の市川両介が心から心配してくれるのはわかるが、彼らは悪事を平然と行う姿も間近で見ている。確かに助けられたはしたが、話をややこしくしたのもまた同じ存在なのだ。

 言っていることもやることもまるで違う。全ての言動を本気で行い、己を取り繕うことをしない。誰よりも正直に生きているからこそ、何がしたいのかわからないのだ。

 学校などで日常を過ごしているうちはまだ許容できるが、こんな緊急時ですら言動が一貫しなかった。何かを一つ間違うだけで死んでいたかもしれないというのに。

 事情を知らない者からすれば、どれだけ気味が悪いのだろうか。全てが狂っているように思えるし、一種の怪物として映っていてもおかしくない。窃盗団よりも恐怖を感じているかもしれないのだ。目の前に立つ存在がまるで理解できない。


「すまない。その疑問に答えることはできないんだ」

 言い淀みながら頭を下げる。言いたいことを言えればどれだけ楽だろうか。下手に話せば巻き込んでしまう恐れもある。また彼女は上手く嘘をつけるような人間でもない。こういう対応になってしまうのは当然だった。

 だが、それは真実を知りたい人間の意思を無視することになる。シャリアからすれば辛いはずだ。あんな苦しそうな姿を見ているだけで胸が締め付けられる。

「あのときも別にバカにしていた訳じゃないんだ。私の使う剣は少し違うから」

 苦笑しながら頭を掻く。全てを見てきた両介には何となくわかる。シャリアは彼らに合わせていた。手加減するというより舞台やルールに則って戦っていたのだ。

「君たちにはこんな世界を知って欲しくないんだ」

 吉崎たちを助けるために力を振るった。確かに誰よりも強かったが、その竹刀には悪党の血が染み込んでおり、恨みや痛みが刻まれている。真っ当に剣道をしている者なら無縁でいられる場所だ。こんな世界を知っているという事は誇らしいことじゃない。

 実戦に強いということは決して自慢にならない。それだけ多くの恨みを買うということだからだ。シャリアは強いが、どれほど多くの犯罪者から負の感情を向けられているのか。想像するだけで震えてしまう。

 彼女が本気で手合わせを行えば、凄惨なものになってしまう。間違いなく剣道とは呼べないものだ。それが彼女の剣なのだから。

 決して相手を見下していたのではない。平常な世界で生きるために己に課した縛りだ。羽黒の言ったとおりである。自らを鎖で縛っているのだ。

 彼らにとっての非日常は、シャリアたちにとって日常である。住んでいる世界が違うのだ。

「こういう場所と無縁でいられるように頑張る。それは紛れもない本当のことさ」

 シャリアにとって悪と戦うために力がいるだけであり、決して力を振るう事を好んでいるわけではない。

 しかし誰かが戦わなければ守れないものもある。そういう現実を知っているからこそ彼女は闘うのだ。その手を悪党の血で染めることになろうとも。

 犯罪に巻き込ませない。困っている人々のために戦う。幸福に過ごすために。平穏な毎日を送るために。どこにいようとシャリアは自らの正義を貫くのだ。


「お前は誰なんだ」

「市川両介だよ。今の私はね」

 紛れもない真実。別人の殻を被っているがそれでも彼女のやるべきことは変わらない。

 再び伸ばされた手を吉崎は躊躇いながらも取る。事件はこうして終わりを告げるのだった。

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