11


「――そうして、私はロボットたちが作ったと思われる遡行世界を発見しました」

 ツゲンは、凛々しい口調のレーカの声を聞いて目を覚ました。

 ここはどこだろう。陽の位置から、町に足を踏み入れてから一日ほど経っているようだった。

「その世界は、どうやらロボットの修理工場だったようです。戦闘で傷ついたロボットを遡行世界に送り込み、修理して、過去へと放つ。敵兵力の無限再生産工場です」

 大勢のざわつく声が聞こえる。ツゲンは顔を上げた。

「見ろ! アンドロイドが目を覚ましたぞ!」

 だれかが言う。

「大丈夫」とレーカが言った。「物を器用に扱う汎用性はありますが、彼自身に戦闘力はありません。故に拘束していれば大丈夫です」

 身体が動かない。ツゲンは椅子に縛り付けられていた。

「……レーカ?」口を開いて驚いた。思うように声が出ない。「一体、コレハ……」

 まるで機械のような自分の口ぶりだった。

「彼が修理士です。人の心を持っているかのようですが、彼は無心にロボットを修理し続けていました。おそらくそういった場所がこの世界の各地にあるのでしょう。これが、ロボットたちが無限に湧き出してくる理由と思われます」

 どういうことかわからなかった。アンドロイド? 一体だれが? 修理士――それはおれのことだろう。人の心を持っているかのよう? 一体だれが?

 ……もしかして、おれが?

「彼は、ずっと自分が人間だと思っていたようですね。しかし、奇妙な街でした。その遡行世界の街は数名のアンドロイドによって運営されていて、まるで人間のような生活形態を再現しています」

 それでこれからどうするとだれかが質問した。ここは町の広場のようだった。広場にはたくさんの遊具があり、レーカはツゲンが拘束された椅子の背後にあるジャングルジムにいた。人々はツゲンやレーカを取り囲むようにして集まり、ジャングルジムの上でメガホンを持つレーカとやり取りをしている。レーカには、泣きはらしたあとのような涙の筋が目尻に刻まれていた。きっと大切な人たちと会うことができたのだろう。そうだったらいいなと思い、ツゲンは視線を落とした。機械骨格の足が見え、それが自分の足だとわかり、ツゲンは少し笑ってしまった。着ていた服はボロボロで、どうやらシャットダウンされた間に相当痛めつけられたようだ。

「ソウカ。オレハ、アンドロイドダッタノカ」

 思えば、自分がどこで生まれ、だれに育てられたのか全く身に覚えがない。両親のことは知っているが、知っている以上の記憶がない。涙が流れそうになったが、その機能はどうやら自分には備わっていないようだった。そしてどうやらこの世界は遡行世界ではない。同様にレーカは遡行世界の住人なんかではなかった。ツゲンがいた世界こそが遡行世界だったのだ。ツゲンこそが、遡行世界の住人だった。アンドロイドだった。ロボットだった。

 すべて偽り。

 ニセモノだったのだ。

 レーカの話が終わったようで、ツゲンは広場の街灯に縛り付けられた。手足は拘束されたままで、身動きは一切取れない。それを町人たちが取り囲み、蹴ったり、殴ったり、チェーンソーで切断しようとしたりと、ツゲンに対しあらゆる暴力を振るいはじめた。痛覚はなかったが、人々から自身に向けられた憎悪の言葉や表情が、ツゲンにとっては激痛だった。なんの抵抗もできないまま、ツゲンは痛めつけられた。

 絶望の淵にいたツゲンだったが、ピッと目の隅に文字列が表示されたことで、ツゲンは我に返った。そして、自分にも返る我があることに驚いた。どうやら人間のタンパク質性の心とアンドロイドの珪素性の心にそう大して大差はないらしい。音の主はネットワークからの接続要求だった。自身が人間ではなくアンドロイドだと自覚してから解放される機能のようだ。ネットワークに接続すると、相手方は一方的にツゲンの情報を取得してから切断した。その間にツゲンも情報に触れたが、すぐに後悔していた。

 ツゲンが過ごしていた街は、たしかにレーカの言う通りロボットの再生産工場だった。それが世界各地に点在し、未来で傷ついたロボットを過去に送り返している。それに気付いた一部の人類は配給経路を絶とうと奮闘しているらしい。鉄の仕入れが悪かったのはそのためだ。人類はロボットとの戦争によってかつて世界中を網羅していた通信手段を失っているため、ロボットの再生産工場の存在を知らないコミュニティも多い。情報の孤立、情報の断絶によって、ロボット陣営は圧倒的に優勢だった。しかし人類は〈世界システム〉と名付けられた地球の微弱な振動を用いた通信手段ないしエネルギー転送技術を確立しようとしていて、それが実現されればロボット優位の形勢が危うくなる。それによって尖塔を攻略したコミュニティから情報が発信されれば、ロボットは劣勢を余儀なくされるだろう。故にこの町の破壊が急務となった。

「逃ゲロ」自身に暴力を振るう人々に、ツゲンは言った。「ロボット達ガ来ル。早ク逃ゲロ」

 しかしその声は、我を失っている人々の耳には届いていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る