12

 翌朝、轟音と共に町の人々は朝を迎えていた。

 ロボット軍が襲来したのだ。人々は武器を取って戦ったが、それは一方的な虐殺でしかなかった。たくさんのロボットが広場に入ってきて、逃げていた姉弟を取り囲む。ロボットに捕まった齢一桁ほどであろう姉が弟を庇ってロボットに捕まった。姉を置いて逃げることができなかった弟も捕まり、二人の手足をロボット達が掴む。そして、強引に――

 町のあちこちから人々の叫び声が聞こえはじめたところで、一体のロボットがツゲンの元にやってきた。

「モウ大丈夫。助ケニキタヨ」

 それは、ツゲンが自分の町で修理したロボットだった。

 ツゲンの拘束が解除され、ロボットは戦闘に戻っていった。

 小さな姉弟の亡骸が広場に横たわっている。それをジッと見つめていると、背後から人の足音がした。ツゲンは振り返る。レーカだ。

「あなたが呼んだの?」レーカはツゲンを睨みつけていた。姉弟の亡骸に気付き、その目つきは一層厳しくなった。「私はあなたを許さない。絶対に許さない」

 ツゲンの心はまた痛んだ。

 彼女を追いかけてきたロボットたちが広場を取り囲み、彼女が重要人物であるということを知ると、ロボットは彼女を捕まえた。服を引きちぎり、高々と掲げ、町の人々にその美しい全身が見えるようにした。ロボットたちは時間をかけてゆっくりと彼女を痛めつけ、手足を折り、辱め、内臓を弄り、この場でできる限りの屈辱と痛みを与えようとしていた。それは、それを見ている人間の戦意を砕くためのプログラムだった。一瞬だけ、彼女が救済を求めるような瞳でツゲンを見つめた。ツゲンにはなにもできなかった。数分後、彼女は街路樹に早贄のようにして幹に突き刺され、晒されていた。

 再び広場が静かになり、ツゲンは取り残されていた。あちこちから聞こえる叫び声はもう聞きたくない。そう思ったら音を認識する回路が遮断された。怒りや恐怖と無機物が火花をあげる光景なんか見たくない。そう思ったら光を認識する回路が遮断された。

「おれは、どうすればいい」

 そんなことを呟く口も遮断した。

 ロボットたちに生み出され、偽りの世界で偽りの幸福を味わっていた。悪くはない世界だった。しかし真実を知って打ちのめされ、人間にも打ちのめされた。

 どちらも憎い。どちらも痛い。

 そしてもうなにも考えたくない。

 ツゲンは――

 その時、コンコンとツゲンの身体を叩く感覚があった。遮断していた回路を復帰させる。町が静かになっていた。かなりの時間が経っているようだ。人々の死骸が腐食し、それを鳥獣や虫が食べにきている。

 コンコン。

 背を叩く存在に振り向くと、そこに一台のロボットがいた。

「助ケテアゲテ」

「……一体、ナニヲ」

「僕ハ、彼女ト、旅ヲシタンダヨ。タッタソレダケダッタケド、デモ、僕ハ楽シカッタ。彼女ハモウ死ンデシマッタケド、コノ世界ノ彼女ハ、マダ生キテイル」

 ロボットはそう言うと、木に突き刺されたレーカを指さした。

「コッチ、コッチ。コノ町カラ出ルノヲ助ケテアゲテ。僕ガ、守ッテイタンダ」

 彼は静まり返ったレンガ造りの町を走り、ツゲンはその後を追った。町は人の死体が点々と転がり、ロボットたちは次のミッションが課せられるまでの間、休止状態に入っていた。

 ロボットは一軒のマンションの中へと入った。階段を昇って最上階の部屋に入り、梯子を持ち出して、さらに屋根裏へと移動する。ツゲンの身長では、身を屈める必要がある狭い空間だった。電灯もなく、光と言えばロボットとツゲンの緑色の目の光だけだ。

「だれ?」と、死んだはずのレーカの声がした。

「僕ダヨ」

「ロボットさん」

 レーカはホッとしたような声で言った。

「そっちの人は?」

 薄明かりの中、レーカの顔が浮かび上がる。

「君ヲ逃ガシテクレル人ダヨ。アンドロイドナンダ。僕タチナンカヨリモズット優シクテ、賢イ人サ」

「私、もう行かなきゃいけないの?」

「他ノロボットニ見ツカッタラ殺サレル。今スグココカラ離レテ欲シイ」

「……わかった。アンドロイドさん。よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げ、髪の毛が流れて、上目遣いに様子を窺いながらその髪を耳にかけるレーカ。ツゲンは頷いて承ったが、複雑な気持ちだった。

「外デ何ガアッタノカ知ッテル?」

「ううん。私、ここ数日は町の人たちにここに居ろって言われて閉じ込められていたんだよね。なんか、よくわからないけど」

 もしかしたら時間を遡行してきたレーカを見た町人たちが、本人同士で顔を合わせないよう対応したのかもしれない。過去には、本人同士が行き会ったら宇宙が対消滅するというおかしな説もあったくらいだ。彼らの多くはタイムパラドックスを信じていたらしい。

「トテモ辛イ光景ガ広ガッテイル。ショックヲ受ケナイデネ」

 優しく言ったツゲンは、レーカを連れてマンションの外へと出た。

 戦闘を終え、敗北した町。

 無数の死体。

 その一つ一つを見て、レーカは必死に叫ぶことを堪えていた。あちこちで休止しているロボットが目覚めれば、レーカもここの死体の一つになる。

「ドコカ遠クノ町ニ行コウ。マダ人間タチガ抵抗シテイル、強イ人タチガイル町ニ」

 ツゲンが言う。レーカは頷いた。

 できるだけ最短距離で町から出たいツゲンだったが、レーカはできるだけ多くの人の亡骸をこの目でみたいと希望した。彼女は自宅へ行き、そこで焼かれて死んだ父母と思われる亡骸を見つけた。隣の家の玄関から這い出そうとしているかのような、上半身だけの友人を見つけた。モウイイカイと、ツゲンは彼女の肩に手を添えた。彼女は強く握りしめた拳を胸に当てて、ツゲンから顔を背けて頷いた。

 ちょうどその時、上空を無数のドローンが通過していった。音がしないステルスタイプだ。そのうち一機が町の建物よりも低い場所を飛び、ちょうど、ツゲンとレーカの頭上をかすめていった。風が流れる。ツゲンとレーカが顔を見合わせた。

「……走レ」

 ロボットたちの瞳に緑色の光が入り、休止状態が解除された。

「走レ!」

 ツゲンが叫ぶ。

 二人は全速力で、町を後にした。

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