10
二日後、ツゲンとレーカは危険地帯を越えて例の尖塔へとやってきた。尖塔の内部にはだれもいないように思えたが、近づいていくと、奥から未来のツゲンとレーカの姿が見えてきた。
「心配しなくてもいい」とツゲンは言った。「尖塔の内部はこの世界と時間の進み方が違う。遡行してるんだ。だからおれたちの姿がああやって見えている。あれは少し先の未来のおれたちだ」
「わかってる」彼女は驚いた様子もなく頷いた。「永久中立勢力を公言するAIアライアンスが時間を操る方法を見つけたと言っていた。その技術は人間にもロボットにも平等に共有されたけれど、今のところ、それを扱いこなせているのはロボット陣営だけ」
AIアライアンスとは、あらゆるAIが接続する同盟勢力なのだとレーカは語った。彼らはロボット陣営とは完全に切り離された存在で、AIが主張するところによると、彼らはロボットとは全く異なる種族であるらしい。
そんな知識を持つ彼女にツゲンは驚いていた。
「じゃあ、この尖塔はロボットが」
「おそらくそう。そして彼らは時間遡行技術を軍事転用していて――」と、レーカはそこで言葉を止めた。そしてなにかを誤魔化すようにして「行こ」と短く言う。
ツゲンも、なんとない違和感を覚えていた。なにかに気付いてしまいそうな予感があった。そのなにかがなんなのかツゲンはまだ知りたくないと思っていた。
しかし、彼女はおそらくそれを知っている。
覚悟を決めてツゲンはレーカの後を追った。
尖塔内部はやはり青黒く、冷たい空気が流れている。入り組んだ通路をツゲンが案内する。そしてもう一つの出口から、二人は遡行世界に歩み出た。
「あれが私の町」
しばらく歩いたところで、レーカが指をさした。それはやはり、明日か明後日にロボットたちが押し寄せ破壊される町――ツゲンがその戦闘を目撃した町だった。
岩の多い山を下り、町に入る。町は緑が多く、人々はみな笑顔だった。住宅地の公園で小さな姉弟が楽しそうに砂遊びをしていて、フランスパンを持った妊婦が脇の道をえっちらおっちら歩いている。男たちは肩に機関銃を下げて談笑していた。
「こっち来て」
レーカがツゲンの手を引く。彼女は町に帰ってきたことをとても喜ぶと思っていたが、妙に冷静な笑顔だった。通り過ぎる町の人々に挨拶され、レーカは愛嬌良く笑顔を返している。
「嬉しくないのか?」とツゲンは聞いてみた。
「嬉しいよ。なんで?」
「いや。もっと喜ぶかと思って」
「うん。でも今はまだ。それはもう少し先に取っておこうと思って」
「もう少し先?」
ツゲンの手を引く彼女は振り返って頷いた。
「うん。ちょっとしばらく眠ってて。ツゲンさん」
「眠る?」
笑顔で頷く彼女。そしてレーカはツゲンへと近づき、ツゲンの首元に手を添えながら、なにか不思議な言葉を唱えた。
……
ツゲンの意識は暗転した。
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