5
あれから数日が経った。
レーカはツゲンの家で過ごし、彼の服を借りて、美味しい食事を食べ、昼間は街を散歩したり、ガレージでツゲンの仕事を見て過ごしたりしていた。ツゲンはとても優しい男性だった。穏やかで、温かくて、いつも笑顔。彼の声を聞いているとどこかホッとする。特に壊れたロボットに声をかけながらそれを修理している姿は魅力的だった。彼の持つロボットたちへの慈愛が、これでもかというほど伝わってくる。
「あ。おはよう、レーカ」そのツゲンがレーカに気付き、顔を上げた。「街には慣れてきた?」
「うん。だいぶ」
「まだ記憶は戻らない?」
「うん」
レーカは、どこか焦燥感のようなものを抱いていた。本当にこんなにのんびりしてていいのだろうか。自分には、なにかやらなければいけないことがあったのではないだろうか。
「そうか。でも焦らなくてもいいよ」と、ツゲンが言った。「今度、君が出てきた尖塔を見に行ってみよう。もしかしたらなにか思い出すかもしれないからね。危険な場所だけど、一緒に行けばきっと大丈夫」
「うん。ありがとう」
ツゲンの気持ちは嬉しかった。彼のエメラルドのような瞳と目が合うと、胸の中が少しだけトクンとする。けれど、レーカは浮かない顔をしていた。ガレージの外、建物の影に隠れて座る。
自分はどこから来たんだろう。そしてこれからどこへ向かえばいいんだろう。
その答えが見つかって、いつか安心できる日は来るのだろうか。
自分はツゲンの言う尖塔の中でなにをしていたのだろう。思い出そうとすると、頭にズキンと痛みが走った。まるで思い出してはいけないと警告しているかのようだ。
「はぁ」と、レーカは小さくため息を吐き、うな垂れた。
「ドウシテ、俯イテ、イルノ」
不意に怪しい機械音声に話しかけられて、レーカは顔を上げた。そこには先ほどまでツゲンが修理していたロボットがいた。
「それはね。私が小さいからだよ」
自虐的なことを言って、さらに身体を丸めるレーカ。
「君はもう修理してもらったの?」
「ソウダヨ。スゴク元気ニナッタンダ」
「そう。それはよかったね」
「君モ、ツゲンニ直シテモラッタノ?」
「あはは。私はまだかな。ツゲンは?」
「マーケットニ、鉄ヲ買イニ行ッタミタイ」
「そう。……ねぇ。聞いていい?」
「ナニヲ?」
「君はどこから来たの? そして、これからどこに行くの?」
「……僕ノ事ヲ知リタインダネ」
「うん。私、どうしたらいいかわからなくて」
「……ソレハ、自分デ探サナイト、イケナイヨ」
「え?」
「僕ハ、君ノ質問ニハ、答エラレナイ」
ロボットはそう言ってレーカに背を向ける。その様子を見てレーカは一瞬だけ驚いたが、しかし、すぐに納得もした。
だって、ロボットはそうなのだ。彼らが人間に優しいはずがない。心配してくれるはずがない。助けてくれるはずがない。彼らは、私たち人間の敵だから。戦争をしているんだから――
ズキンと頭が痛む。形のない記憶が頭の中で暴れている。レーカはそれに顔をしかめながら、なおも考えた。ではなぜ、このロボットはレーカを殺さないんだろう。そしてなぜ、ツゲンはロボットを直すのだろう。このロボットはどこからきて、どこに行くのだろう。
時間は巻き戻せない。
だから、このロボットがどこから来たのかを目の当たりにすることはできない。でも、時間は進んでいるのだから、これからこのロボットがどこに行くのかは確かめることができる。
背を向けたロボットが、街の外に向かって歩いていく。レーカは急いでその後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます