街の外に出ようとすると、幾人もの人から「外は危険だ」と警告を受けた。けれど、戦地は北で、獰猛な危険生物が生息するエリアは西。南は比較的平和な方面で、ツゲンが直したロボットはいつもその方角へと歩いていた。ロボットについていけばきっと大丈夫と、レーカは笑顔でお礼を言って答えていた。

 不器用なロボットの歩行は見ていてじれったいものがあった。レーカが普通に歩くだけですぐにロボットに追いついてしまうから、時々、レーカはロボットが歩く周辺を散歩して、その場の空気を堪能した。

「この先になにがあるの?」

 道中、ロボットに尋ねてみても返答はない。レーカは完全に無視されて、とてもムッとした。意地悪でロボットの歩行を邪魔してやろうと抱き着いたり引っ張ったりしてみたが、レーカの力ではそのロボットに微塵も影響を与えることはできなかった。それならと、レーカはロボットの頭の上に座って胡坐を組み、陽が暮れて星空が見えてその空が白らばむ頃まで、そこで休憩して過ごした。

 ツゲンは心配しているだろうか。優しい彼のことだからきっとそうだろうなと、レーカはロボットの上に座りながら来た道を振り返った。

 帰ったらちゃんと謝ろう。

 そうして陽が昇った新しい一日も、レーカはロボットを追いかけることに費やした。街から旅立って以降なにも口にしていないが、自分は空腹には慣れっこのようだった。そしてその日の正午ごろ、ロボットはようやくその目的地と思われる場所に到着した。

 なにもない平地に、ポツンと小さな神殿のような厳かな建物がある。ツゲンが暮らしていた貧相な街の建物とは趣が違い、豪華な装飾に、緻密な美の構築があった。けれど不思議なのは、その神殿はツゲンのガレージと同程度の大きさしかないようで、中になにか特別な空間があるとは思えなかった。入り口はゴージャスな両開きの二枚扉で、ロボットは器用にその扉を開けた。神殿内部はさらに不思議だった。そこはレーカがツゲンから借りて使っている寝室とほぼ同等の大きさで、ベッドを置くとそれだけで手狭になってしまいそうなほどの小さなスペースしかない。そしてすぐにまた大げさな二枚扉が向こう側にもある。部屋や建物というよりは門のようだった。

 これは一体、だれがなんのために設置したものなのだろう。

 周囲にはこの小さな神殿以外に建物はない。少なくとも奥の扉の先に別世界が広がっていそうなものは見当たらない。レーカが首を傾げながらロボットを見守っていると、突然、奥の扉が開いた。開けたのは、どうやらレーカがついてきたロボットと全く同じ型のそれだった。仲間だろうか。レーカが観察していると、向こう側のロボットはおかしな行動をした。身体を反転させて後ろを向き、後ろ向きのままこちらに向かって進んでくる。一体どのような意味がある儀式なのか、ロボットの考えることはよくわからないとレーカは思いながら見ていた。同時に、レーカがついてきたロボットも動き出す。なんとなく愛着が湧いていて、こっちのロボットの方がかわいいななんて思ってしまう。しかし、このままでは、後ろ向きに歩いてくるロボットとぶつかってしまう。

「危ないよ」

 レーカが言う。

「アリガトウ。デモ、大丈夫ダヨ」

 街でのやり取り以降、レーカを無視していたロボットが反応した。

「デモ僕ハ、戻ラナキャイケナイ」

「戻るって、どこに?」

 向こうのロボットが迫ってくる。ぶつかる。けれどそれよりも衝撃な言葉を、レーカはロボットから聞いた。

「過去ノ世界ニ」

「……え?」

 こちら側のロボットが正面を向き、歩みを進める。同時に後ろ歩きしてきたロボットがこちら側のロボットとぶつかった。……ぶつかったが、その鋼鉄の胴体は、まるで互いに溶け合うようにして融合し、実際にぶつかり合うことはなく、それはまるで正と負が対消滅するかのようにして、その二体のロボットは消えてしまった。……完全に、跡形もなく。

 レーカは息を飲んだ。頭が痛い。

『……行ッテ!』

 記憶の中、レーカは自分の手を引くアンドロイドの声を思い出した。

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