第4話 国の在り方

「俺はもう今までどおりの生活はできないのか?」


膝から地面に崩れ落ちたジョンはショックのあまり呆然としている。

見かねた彼女はジョンの肩をポンポンと叩く。


「よかったじゃない」

「一体何がいいんだよ!」

「だってこれで自由よ?」

「何が自由なもんか!取締局の奴らからも追われてるのに!」


彼女はため息を吐きながらしゃがみ込み、ジョンの顔を見つめる。


「あなた、この国がどうなってるか知らないでしょ?」

「何が?完璧を絵に描いたような良い国じゃないか」

「そりゃ表向きはね」

「でも、本当はそうじゃない」


ジョンが「どういうことだ」と言おうとして前のめりになると、彼女は人差し指を彼の口にそっと当てた。


「シー・・・」

「大きい声は出さないで」

「見つかると面倒だから」


ジョンは自分の口にチャックをするような仕草をして座り込む。


「よろしい」

「この国はね、一部の人間たちがAIを使ってその他の人間たちを支配してるの」

「絶対にわからないようにね」

「で、その支配している側の人間はその他の人間を使って国の経済を潤わせ、それに伴って社会は発展していき、みんなに快適な暮らしを提供してるの」


ジョンは顔に「?」マークをつけながら首をかしげる。


「でも、たとえ支配されていても快適な暮らしができるのはいいことじゃないか?」


ジョンの質問に彼女はため息をつく。


「たしかにそういう人は多いと思う」

「そのほうが一見すると楽だしね」

「でも、その快適な暮らしのために国民には点数が付けられ、波長を見てその人の状態を管理している」

「あまりにも点数が低かったり、波長の乱れが続くようであれば取締局によって逮捕されるわ」


ジョンは再び不思議そうな顔をして「う~ん」と考えるような仕草をする。


「それはそうかもしれないけど、あまりにも国のためにならない人は別にいなくてもいいんじゃないか?」


ジョンのこの言葉に彼女は目つきを変え、ギロッと睨みつける。


「いなくていい人なんかいない!」

「な、なんだよ。そんなにムキになるなよ」

「生まれてくる人間はみんな意味がある!私はそう信じてる」

「じゃあ、あなたは生まれたばかりの何もできない赤ちゃんに対して『いなくてもいい』と本気で思うの?」

「いや、まぁ・・・思わないけど・・・」


彼女は立ち上がるとジョンへ背中を向ける。

ライダースーツのファスナーを開け、中からタバコを取り出すと1本くわえて火をつける。


「私の両親と妹はね、収容所送りになったの」

「妹なんかまだ赤ちゃんだったのに!」


タバコの火を見つめながら彼女の表情は怒りに満ちていた。


「ある日、お母さんは妹をベビーカーに乗せて買い物に出かけた」

「歩いている最中、お母さんは何かに足を引っかけて転倒したの」

「その勢いで妹が乗ったベビーカーは道路へ飛び出した」

「たまたまその瞬間に車が来て妹はベビーカーごと轢かれたわ」

「その車はこの国の大臣が乗っていたんだけど、奴らどうしたと思う?」

「赤ちゃんの妹と転倒してケガしたお母さんをそのまま収容所へ送ったの」


ジョンは彼女の話に言葉を失う。


「お母さんは大臣の車の進路を妨害した罪で収容所へ」

「妹までなぜ収容所へ送られたのかはわからないけど、その後に妹が亡くなったことを知らされた」

「私はお父さんと2人で暮らすことになったんだけど、お父さんとても落ち込んじゃって・・・」

「働けなくなったお父さんはいつも波長は乱れ、『良い行い』もできなくなったから点数はダダ下がり」

「最終的にお父さんまで収容所へ送られちゃった」


彼女は怒りのあまり吸っていたタバコを折ってしまう。


「私はあいつらを絶対に許さない!」

「必ずこの国をひっくり返して復讐してやるんだ!」


ジョンは怒りで震える彼女を真っ直ぐな目で見つめる。


「この国のこと、詳しく聞かせてくれないか」


彼女もジョンの本気を感じたのか涙をぬぐい、タバコを足で踏んで消す。

ここから彼女はジョンに色々と話した。

それは次の通りだ。


1.この国では一部の人間だけが甘い汁を吸い、みんなには快適な暮らしを提供することで不満を抱かないようにさせている。

(国の上層部はルールの適用外。何をしても許される。)


2.みんなにをさせることで社会全体にを作り、国をに保っている。

(良い行いとは人助けや社会奉仕。これを国民全員に推奨することで、助け合いの社会を作り、"良い人"だらけの国を無理やり作っている。良い行いをしないと自然と点数が下がる。『感謝』の気分を味わわせる。)


3.点数が上がれば信用も増え、この社会の中でより一層快適な暮らしができる。

(高い点数を取らせ、維持することを目的とさせ、それが幸せにつながると信じさせる。)


4.より良い人間関係を無理やり作らされ、どんな相手にでも良い人でいなければならない。

(ネガティブな発言や行動は制限され、ポジティブな発言と行動のみ許される。ご近所や会社、学校など、あらゆる場所での人間関係は監視され、人間関係を持たない者や構築できない者には指導が入る。)


5.テレビや広告、インターネットなど、あらゆる媒体や商品で人間たちのヤル気を引き出し、「点数が高ければ得」だと刷り込ませる。

(点数ごとにランク付けを行い、ランクによって受けられるサービスや購入できる商品に差ができる。それにより国民全員に高い点数への憧れを持たせて気分を上げさせる。『楽しい』気分を味わわせる。)


6.良い波長で居続けることを推奨され、波長の乱れがある場合はリゾート施設など、波長を整えるためのサービスを受ける義務がある。

(しっかり休暇を与えることで国や社会への感謝の想いを持たせ、国民ひとりひとりの貢献度を上げさせる。『楽しい』気分を味わわせる。)


7.点数が70点を下回ると収容所行き。


8.波長が月の合計で40時間以上乱れていた場合は収容所行き。


9.その他すべてのネガティブな要素は排除され、それに関わった者は収容所行き。


これらがこの国で一部を除いた国民全員に適用される。

幼少期の頃からこうした思想や生き方を自然と刷り込まれ、国や社会に疑念を抱かないようにさせる。

『感謝』や『楽しい』という気分を味わいたくなるような社会が構築され、『幸せ』しかない社会だと思わせる。


逆に「嫌だ」、「やりたくない」と感じることがあってもそれらは決して表には出せない。

表に出せないものには蓋をする。

その目に見えないゴミは溜まり続け、やがてそれは心と身体を蝕み病気やトラブルなどを引き起こしてしまう。


気分を上げるから下がる。

だからこそ波長が生まれる。

下がる苦しみがあるからこそ上がろうとする。

だからこそ波長が生まれる。


国はこの波長を巧みに操り、国民を幸せの奴隷にしている。

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