第22話 女装して姉になりすましている兄は壊滅的な状況にも興味を持たない

 吹き飛ばされたロイドは平然と態勢を整えて「相棒バディか」と言った。


「お前たちをここから生きて返すわけにはいかないな……」


 リリィの姉として女性らしい振る舞っていた姿と打って変わって凄まじい闘争心を露わにしたロイドは長い髪をかき上げて低い声で俺たちに言った。


 俺はミヅキの横に立ち、ロイドにひるむことなく、伝えた。


「ロイドさん、リリィが今の姿を見たらどう思いますかね」


「何をいっている?」


「我々は二人の生活を壊しにきたわけじゃない。ただ知りたいことがあって聞きに来ただけです。俺たちを殺したらますますリリィは離れてしまうでしょうね……」


「……」


「ミヅキもそのどこから取ってきたのかわかんないその棒を下げて」


 俺はそう言ってミヅキから棒を取り、そこらへんに転がした。


「シュウ……でも彼はシュウを……」


「うん、――でも彼にも事情があるんだと思うんだ……ロイドさん、リリィはあなたのことを心配しているんですよ」


 俺の言葉にロイドは考えたのか、持っていた剣を腰にさしていた鞘に収め、近くの丸太のようなものに腰を下ろして腕を組んだ。

 

「……全く面倒なものを拾ってきたな、リリィは。……話を聞いたらこの家から出てってくれ」


 もちろん、話を聞く以外に用事はないからそのつもりだ。

 なぜ女装をしているのか、なぜ村はずれで二人で住んでいるのか……。

 それらは俺の目的には全く関係がないから。

 

「じゃあ、早速ですけど、村の状況をロイドさんはご存じですか?」


「……噂程度には。奇病が流行って村が崩壊しそうだと聞いた」


「その通りです。助けてくれませんか?」


「助けるか……。すまないが関わるつもりはない」


「このまま村がなくなってもいいんですか?」


「……君は誰かに疎外されたことはあるか?」


 ロイドの強い言い方に、ミヅキはビクッとして俺の後ろに隠れた。


「そがい?」


 俺は聞き返した。


「そうだ。経験したことないのか……そうか。俺はあの村にいた時、自分自身が存在していないような扱いを受けたんだ。その状況でロボットのように村の仕事をやれと命令された。だから俺はあの村を離れて生活することにしたんだ。俺たちを受け入れなかった村に今更何をしようと思う?」


「村がなくなったら――」


 いや、この世界がなくなったら困らないのか?

 俺は口に出そうとした、そこにロイドが言葉を被せてきた。


「すまないが……村にもいや、それ以外も興味がない。我々はここで二人で暮らし続けられればそれでいいんだ……」


 穏やかに、芯はしっかりとした物言いだった。

 『我々の生活を壊さないでくれ』

 俺にはそう聞こえた。


「そう、ですか」


 これ以上、彼に何を言っても無駄なようだ。


「――これで、話は全てか? 約束通り、明日になったら家から出てくれないか」


 脳裏にリリィの姿が浮かぶ。


「はい、それはもちろん……。ただ私もリリィと約束があるので。とリリィを仲直りさせてから出ていきます」


 ロイドは俺の言葉にハッとしたような表情を見せたが、俺は彼の反応を無視して振り返った。

 ――別に助けたくないなら助けなくてもいいさ。

 目の前にもし人が倒れているとしたら、俺にできることがあればやると決めているだけなのだから。


 後ろに隠れていたミヅキに声をかけた。


「ミヅキ、さっきは驚かせて怒らせてごめん。あと俺を助けようとしてくれてありがとう」


「シュウ……」


 彼女は固くした身体のまま、俺のほうに倒れてきたので、とっさに彼女を抱きしめる形で支えた。

 身体は震えている。耳元で聞こえるかどうかの声で囁いた。


「うん、レオに言われたの。シュウは何があっても私の味方だからって。しないって」


 疎外という言葉に反応したミヅキを見て、俺は感じた。

 ――彼女は誰かに疎外されたことがあるんだろうか?


 俺はそっと彼女を抱きしめたまま、ミヅキに言い聞かせるように言った。


「約束するよ、俺は君を1人にしないよ」


 俺の言葉にミヅキはホッとした表情を見せた。

 

 ◇ ◇


「朝起きたら、いないから心配しましたよ」


 リリィがリビングでミヅキに声をかけた。


「ごめん、なさい。どうしてもシュウといたくて……」


「シュウ、と言うお名前なのですね、あっ、お姉ちゃん」


「おはよう、リリィ。朝から大きな声で何事かと思ったよ」


 ロイドは昨日話していたドスの効いた低い声ではなく、姉として裏声のような高い声でリリィに話しかけた。


「もとはといえば、お姉ちゃんが彼女を気絶させるからでしょ!」


「それはリリィが出て行ってこの男性と一緒に暮らすと宣言したことが発端でしょうに」


「そうだけど――! ねぇ、シュウくん!」


 あ、そこで俺に助けを求める?

 パシリにされている自分の姉の姿がリリィの姿と重なった。


、あなたはリリィさんのことを大切に思っているんですよね?」


 俺は昨晩のロイドのことを思い出しながら言った。

 頷けばいい、だけの言葉を差し出した俺にロイドは何を思ったのか、こう言ったのだ。


「言葉だけじゃ、足りないよね。リリィ」 


 え?

 それどう回収するの?

 そう思った俺とミヅキの目の前で彼は語りだした。


「ずっと隠していようと思ってた。でもちょうどいい頃合いなのかもしれない」


「リリィ、私、リリィの為に、姉になったけどほんとは兄なんだよ」

 

 ロイドはリリィの目の前で自分が兄であると公言したのだ。

 知るつもりのなかった彼の秘密を俺とミヅキは知ることになるのだが……。

 それは俺たちが必要とする情報ではなく、この村の何が原因で闇の病みが流行っているのか、まだ一向に何も見えない。

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