第21話 聖女と姉、それぞれの大切なもの

「リリィ!」

 家に戻ると、玄関の扉の前にリリィの姉は立っていた。

 

「お姉ちゃん……私。この人と一緒に暮らす!」


「!?」


 俺はビビった。

 いきなりリリィは何を言うんだ!?


「リリィ……何、言ってるの? あなた……リリィをたぶらかしたわね!」


 姉は俺をジロリと睨み、突っかかってきて俺はたじろいだ。


「……いや……」


 そこに今までに見たことないような冷たい空気をまとったミヅキは俺とリリィに近づいてきた。

 

「……どういうこと……シュウは私とこれからずっと一緒にいるの。あなたと一緒って……何のこと? ねぇ、二人は何で手を繋いでいるの……」

 

 目の前まできて一瞬止まり、強引に俺たちの手を外した、と思ったらミヅキはさらにリリィに近づいていき、彼女は手を振り上げてリリィを叩こうとした。そこでリリィの姉がそのミヅキの手を掴んで止めた。

 

「私の妹を傷つけることは許さない」


 ミヅキはリリィの姉の手を外そうともがくが、うんともすんとも動かない。

 姉はミヅキの様子をみて、掴んだ手に力を入れたようでミヅキが「いたっ」と言葉を放ったと思ったら、その場に倒れた。リリィは姉の手からミヅキに離して、身体を抱えて言った。


「お姉ちゃんの考えてること、全然わかんないよ! 追いかけてきてくれないのに、私のことが大切と言われても私は物じゃない! 彼らを傷つけることは私が許さないからね!」


「リリィ……」


 ◇ ◇

 

 リリィはミヅキを自室のベッドに運んでくれた。


「今日はもう周りが暗いから、休んで行ってください。……巻き込んでしまってごめんなさい」


 リリィは悲しそうに言った。

 俺はリリィの肩を叩いた。


「気にしないで。それより立派な姉妹ケンカみせてくれるんでしょ? 終わりまで見届けるから元気出して」


 リリィは俺を見てフフっと笑った。


「そういってもらえると心強いです。あなたは不思議な方ですね」


「そう? あ。1つお願いがあるんだ」


 そう言って俺はポケットに突っ込んだ紫の花束を見せた。


「あのさ、ミヅキが……そこの彼女が起きたら渡してくれないかな?」


「それは……さっきの……!? もしかして?」


「そう、さっきリリィが座ってたベンチに花を置き忘れていてね。リリィがあの場所にいてくれてよかった」

 

「そうだったんですね……」

 

「彼女に渡しておいて。心配しなくていいよって伝えておいてほしいんだ」

 

「彼女思い、ですね」


「あのさ、リリィ。相手にとって大切な人でも自分がしてほしいように相手は動いてくれないんだよ」


「?」


「彼女は俺にとっては大切な相棒バディなんだ。彼女の能力が……いや、彼女がいないと始まらない。だから俺の優先順位の1位は彼女だ。だけど俺も彼女が望むことは全然できてない」


 さっき俺はリリィと手を繋いで戻ってきて、さらにリリィの言葉でミヅキを不安にさせた。

 きっとそれがリリィを叩こうとするような怒りの感情に繋がったんだろう。

 

「だから、お姉さんも同じだったのかもしれない。咄嗟に追いかけなかったかもしれないけど、それだけで大切にされていないと思うのは早いかなって」


 リリィは俺を真正面で見ながら、小さく頷いた。


「ありがとう、ございます。……はい」


 ◇ ◇

 

 その夜、俺はリリィの家のリビングらしき部屋の床に簡易の寝床を作ってもらってそこで眠ることになった。疲れすぎてぐったりした俺は横になってすぐに寝た。


 深夜何時だろうか?

 声が聞こえる。


「おい、お前、起きろ。……いったい何者なんだ?」


 野太い、それは男の声だった。

 

 ん? 夢か?

 そっと眠すぎて開かない目をゆっくりと開けようとすると……目の前には俺に剣を向けたリリィの姉の姿があった。


「うわぁぁ」


「おい、静かにしろ。リリィが起きるだろ」


 男のような、声。それはリリィの姉から発せられた声だった。


「えぇ!? えっと……まさか……男性?」


「静かにしろと言っただろ、聞こえなかったか? ……お前は何をしに来た。目的によっては命がないってことはわかってるよな?」


 その時、闇の病みにかかった男性の親から聞いた、”音信不通になる前、彼は女装し始めた”っていう話を思い出した。

 

「まさか……ロイド……さん?」


 姉は女装した男性ロイドだったのだ。


「お前は俺を探しにきたんだな?」


「あ――えっと、すみません……申し遅れました。俺はシュウといいます。あなたを探してました」

 

 ロイドは俺を鋭く睨んで様子を伺った。

 思った通り、彼は闇の病みにはかかっていないのだ。


「それで?」


「あなたは闇の病みにかかっていませんよね? 俺とミヅキは村を救うために、ここにきました。村の若い男性は皆、闇の病みにかかり、壊滅的な状況なんです。お話を聞かせてもらえませんか?」


 俺は要件を言った。

 村と断絶している彼が村を助けようと思わないことは百も承知だ。

 でも今は素直に言った方がいいと思った。

 

「何を今さら……。お前たちはここで死ぬ」


 俺の言葉など全く気にも留める素振りもなく、ロイドは俺に向けて剣を振り上げた。

 その時、彼の脇にすっと人影がかすったと思ったら、彼は吹っ飛ばされた。

 その人影は棒のようなものを持った……ミヅキだった。


「私の大切な相棒バディを傷つけることは許しません」

 

 綺麗な顔を崩さず、さらに眉一つ動かさずにミヅキはロイドに向かって言い放った。

 

 俺はその姿を見て恐怖で固まった。

 色白で髪の長い女性が表情を変えずに怒るシーンといえば昔見たホラー映画だよ。


 それにさ、ミヅキ、君、さっきの俺の話聞いてたの?

 そう。俺たちが離れられない相棒バディであるとお互い自覚したのはきっとこの時だったに違いない。

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