第20話 姉と妹、そこに割り込んだ俺。
「お姉ちゃん、開けて、私よ」
少女は家の扉の前でドアを叩き、姉を呼んだ。
すぐに扉は開いた。
その先には少女に似たミヅキや俺と同じくらいの年齢の女性がいた。
言葉からすると姉らしい。少女の姉は化粧をしっかりとして目が切れ長で肩にかかる茶色い髪、細いけれどもしっかりとした骨格が印象的な人だった。
身長は俺より高い……。
「おかえ……。リリィ、後ろの方は?」
姉は隣の少女をリリィと呼んだ。
少女の名前のようだ。
「迷子みたいで、ちょうど雨がふってきちゃったから、我が家で雨宿りもらおうかと」
「リリィ……」
目を細めて、心配そうに姉はリリィを見ている。
「お姉ちゃん、あのね、花摘み手伝ってくれたんだよ! ねぇ、雨止むまででいいからだめ?」
リリィは必死に懇願してくれる。
外からはひどい雨の音がする。リリィの言う通り、少し休ませてほしいと俺も願った。
「リリィ、この方々は良い人なのかもしれない、でも――、悪い人かもしれない。そんなに簡単に人を信じては駄目だよ」
姉は冷静にリリィに言い、そして俺とミヅキに向けて話し出した。
「すみません、手伝ってもらったことは有り難いですし、貴方がたを悪い人と定義したいわけでもないんです……ただ何分、他人と長い間、関わっていなくて、正直、貴方がたが何者であっても怖いのです。申し訳ありませんが、お引き取り願いますか?」
姉の声は怒りでも、悲しみでもなく、淡々と思ったことを述べている印象だった。
「なんで? 私、絶対にこの人たちは良い人だと思う。なんでわかってくれないの? お姉ちゃんのバカ!」
そう言ってリリィは外に飛び出した。
「リリィ!」
姉は手を伸ばして下ろした。
その姿を見て俺はとっさに「ミヅキ、ちょっとまってて」と言い、リリィの後を追って外に飛び出した。
外は土砂降りで前が見えないほどだ。
俺はもと来た道を走りながら叫んだ。
「リリィ――! リリィ―― どこ?」
――――ずいぶん走った。そうしてさっきミヅキが休んでいた場所まで戻ってきた。
木の下で少しだけ雨を凌げる、そのベンチにリリィは座っていた。
「リリィ――?」
彼女は下を向いていた。泣いているのか、それとも雨に打たれて顔が濡れているのかわからないが、表情は暗く口をぐっと閉じていた。俺ははぁはぁと息をあげながら、横に座った。
「ほら、お姉ちゃんは私のこと、大切と言うけど全然追ってこないじゃない」
俺に向かってリリィはそう言った。
息を整えて俺は言う。
「あの、リリィさん。先ほどはありがとう。あの……でも大丈夫だから、リリィさんは戻って」
俺たちが彼女たちの家で雨宿りできないと断られただけで姉と妹に亀裂が入らないでほしいと思った。
リリィは潤んだ目で俺を見る。
「……きてくれて、よかった、です」
「……よかったって……?」
「絶対に追ってきてくれそうな、人だと思って、追いかけてきてくれたから」
行動を見透かされてる?
なぜ?
「話を聞いてくれます?」
「まぁ、長くなければ」
あとメンドクサクなければ。
いや、それは言っちゃいけないかと思って口を閉じた。
リリィは頷いて、話し出した。
「もう随分前に両親はいなくなってしまって、ずっとあの家で姉と二人で暮らしているんです」
「今は見ての通り、元気なんですけど、小さい頃、身体が弱くて姉はいつも看病してくれました」
「姉は私のことを大切にするばかりで、少し悲しいんですよね」
「ただ――本当に大切、なんだろうかって、ふと思ったんです」
「……なぜ?」
「本当に大切だと思うなら、私のいうことを聞いてくれるかなって。でもさっきの対応を見ると姉自身が外界と遮断しているだけでそれは――私と言うより、自分が大切なんじゃないかって」
「結局、追ってきてくれたのは、赤の他人のあなたじゃないですか」
だから『きてくれて、よかった』か。
「私も姉が大切です。二人で暮らすことに不満はないんです。うん、姉が自分を抑圧してなければ……」
リリィは心配そうな声で言う。
姉に対する感情なんだろう。俺にも姉がいるが、そんな風に思ったことは……ないな……。
俺は2歳年上の姉の子分みたいなもので、大学に入ってからもパシリにされてジュースを買ってこいと命令された出来事が浮かんだ。
「これで話はおしまいです。ちょっと姉を試しちゃいました……巻き込んでごめんなさい」
「あ、いや…………」
俺はどう言っていいのかわからなかったが、あるものが目に映り、ミヅキを思い出した。
まだリリィの家にミヅキがいるんだ。紐がなくなってしまった今、俺達はこうやって一緒に行動しないことも可能となったが1人になってきっと心細く思ってるだろう。
「……じゃあ、戻ろう?」
そっと目に入ったものを取ってポケットに突っ込み、リリィに戻ることを提案した。
「……そうですね、戻ります。初めての姉妹喧嘩、ちゃんと最後まで終わらせます。しばらく家の外になるかもしれませんけど、少し待っていてくださいね」
リリィは先ほどの暗い顔から少しだけ元気が戻ったようだ。
彼女から差し出された手を握り、二人で走ってリリィの家に帰った。
手を繋いで帰るなんてしなければよかった。ミヅキを取り残した上に、さらに怒らせることをしてしまった。
それでも彼女はレオに言われた通り、俺を信じて待っていてくれた。だからこそあんなに怒ったのだ。
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