第17話 助けてほしいのに素直じゃないのメンドクサイ

「この世はもうすぐ終わるんだぁぁぁ、世界は暗闇にぃぃぃ染まればいい……」


 男性の胸中らしき言葉は続いていく。


 この病気の真の恐怖は死のみを正しく認識し、全ての人が同じように病気に罹ればいい、不幸になればいいと思う精神なのかもしれない。

 まだ死が怖い状態であれば、マシなのかもしれない。

 先ほどのように、何かの弾みで人を襲うようになることを人々は警戒しているんだろう。


 もう無理なのか。

 男性には誰の声も届かないのだろうか。

 彼の心の中には、もう死、以外ないのか?

 

 座っているミヅキから声が漏れた。

「醜い、気持ち悪い……」


「お前に、何がわかるんだよ! この辛さが……!」

 ぐいっと力を込めて男性が抗議するが、俺は動かないように抑えている手に力を入れる。


「早く、死にたい……お願い……」


 ミヅキの言葉は薄暗闇の中で響いた。


 パンッ


 ラップ音のような、何かが弾ける音がした。


「……そ、んなこと、ある、わけない……」

 

 その音でミヅキは震えるような声を出した。

 

「ミヅキ? どうしたの?」

 

「嘘よ……嘘、でしょう? ……見える、はっきりと見えるの。目の下に泣きほくろがある……こんなことって……」


「なん、だと!?」

 驚いたのは男性だった。


 どういうことだ?

 何が起こっているんだ!?

 俺は二人の会話が何を示しているのか、全くわからず、困惑した。


「おい、女……、俺の……俺の顔が見えるのか……」


「……嘘よ、嘘。……元に戻りたい、聖女だったら助けろ……って……そんな、どうしていいのか、わかるわけない……」


「お、前……何が見えてる? ……ほんとに聖女なのか、お前……」


 二人の様子からどうやら男性の顔と考えてることがミヅキには見えるようだ。

 

「ミヅキ、大丈夫?」


「……気分が……悪い」


「わかった、もういいよ、何も見ないで。目を閉じて深呼吸して」

 

 俺はミヅキに言った。

 もう十分、これで男性にミヅキが聖女だってわかったはずだ。


「ここからは私と話をお願いします。そういえば名前言っていませんでしたね。私はシュウと言います、よろしく」


「……よろしくって」


「あなたは一緒にこの世界の終わりまで見届けるんですよね?」

 

「はっ?」


「ほんとは”生きたい”んでしょう?」


 男性はしばらく黙っていた。そうしてやっと口を開いたかと思ったら、質問した。

「……この世界の終わりを見届けるって……どういう意味だ?」


 男性がやっと俺の言葉に興味を持ったと感じた俺は言った。


「聖女だからってあなたを……この世界を救えるのか、わかりません。伝説だって薬になるのか毒になるのかわからないという話なんでしょう? だから、最悪この世界は終わるんだと思います」


「でも、一人じゃない。この世界が終わる時、全員一緒にさようならです。50%の確率を信じるか、それとも悲観して先に死ぬのかという話ですよ」


「……」

 彼の質問に回答したのに、男性は黙ってしまった。だが、俺は続けた。

 

「我々は偶然、この村にきたわけではないです。おそらくこの村の闇の病みが絡んでます」


「……だから?」

 

 それが男性とどう関係しているのか?

 俺は聞きたいことを聞いた。

 

「教えてください、あなたがどうやって闇の病みに掛かったのか」


「……」

 また男性は黙りこくってしまった。

 

「言えない理由があるんですね」


「……」


 答える気配はない。

 言えない理由であれば、きっと言うつもりはないだろう。


「わかりました、じゃあ、帰ります」


「……良いのか、聞かなくて?」


 黙っていたわりに、なぜ聞かないのか、疑問らしい。

 面倒な性格だなと思いながら、俺は言った。


「言いたくないならしょうがないです、彼女も怪我してますし、ココに長居したくないです」

 

「……すまない」


 俺はイラっとした。聞くのか、聞かせたくないのか、どっちだよ!?

 メンドイなぁ。

 その時、俺は男性の親との約束を思い出した。

 

「あ、1つ約束です。彼女が聖女であることは隠しているので誰にも話さないでください」


 彼に期待させてしまって申し訳ないと心の中で男性の両親に謝った。

 この期待を裏切ることになったなら、きっともっと大変な状況に陥ることは想像できるから。


「わかった」


「でも忘れないでください、あなたは聖女に出会えた運があることを」


「……あぁ、それなら忘れない。俺が俺であることを忘れるところだった。彼女のおかげで、久々に自分の顔を思い出した」

 男性はさっきとは打って変わって落ち着いた様子で話し出した。


「そう、だったんですね」

 俺は相槌を打ち、そのまま男性の様子を伺うと、彼は初めて弱音を吐いた。

「この病気は怖い。自分を失って人ではなくなって世界すべてを恨んでしまう……助けて、くれ」


 それは悲痛な叫びだった。

 先ほど男性に俺は助けられるかわからない、と言ったはずだが、やはり大きく期待させていたようだった。

 もし状況が改善されなければ、両親が心配している通り、もう死しか浮かばなくなるだろう。

 約束はできない。が……自分の決意を彼に伝える。

 

「やれることは全部、やりますよ」

 

 そう言ったら、男性は腕で顔を拭った。

 彼はどうやら泣いているようだ。


 ”光を探せ”という命令を思い出す。

 そうだ。もし見つけられなければ、俺もきっとこの世界の闇とともに沈むんだからな。

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