第16話 抑えきれない本能、それが闇の病み

 俺はミヅキの言葉にびっくりしたまま、言葉は出ないまま、

 男性も少し動揺したのか、声を上げた。

 

「何言ってんだよ、お前? というか、お前、女なのかよ?」


 そういって、何やら物音がした。

 男性が動いているようだ。


「おい、死ぬ前に、ヤラせろよ」


 何言ってたんだよ、この男。

 いきなり誰もが引くような事を言い出した。

 いや、これが闇の病みなのか……。


 声は前より近くなって聞こえた。

 俺は男性がどこにいるんだろうと周りを伺うが足音が近づいてくる方向以外、よくわからなかった。


「やめて、触らないで」


 えっ、そんな近くにいるの?

 隣にいる俺は周りに手を伸ばすが、何にも接触しない。足元は何かあるから思うように動くことができない。


「1回ぐらいヤッたってどうにもならないだろ?」


 男性の声が響き、ミヅキが声を出した。


「やめて、嫌」


 俺はミヅキを抱き寄せるように、俺のほうに寄せて俺自身をミヅキがいた反対側に滑り込ませた。

「触るなっっ!」


 やっと男性らしき人の居場所を理解した。

 手が伸びる先にいるのが俺だと知って、男性は少し怯んだようだ。


「!? お前ら、なんなんだよ!」


「どいつもこいつもふざけんなよ。誰もなんにもわかってない。もうこの世界は終わりなんだよ」


「終わりなんだから、好きなこと、させろよ、この世界をぶっ壊してやる」


 目が慣れて、薄らと暗闇で目の前の男性の姿が見え始めた。顔の形は歪み、爛れたような様子を見せている。目はどこにあるのかすら、わからない。


 俺が相手をジロジロと見たせいか、相手もこちらを確認したようだ。


「……何、二人して手を繋いでいるんだよ! お前ら、なんだ、俺を馬鹿にしにきたのか? 引き離してやる!」


 男性は俺とミヅキの手を強引に外し、俺を押して転ばせた。そしてミヅキを連れて部屋の端に連れて行こうとする。そこで彼は気が付いた。

「なんだ? この紐?」


「なんだよ、お前ら。もうこの家も、親も、お前らも全部いらねーよ。俺と一緒に、消えればいい!」


 男性がそう言い放ったと思ったら、目の前で一瞬、火花が散った。

 その火は俺とミヅキを繋ぐ紐に燃え移った。

 

 その瞬間、俺の方の紐はハラリと取れた。


 えっ?


 火は反対側のミヅキの腕に向かう。


「ミヅキ!」


「きゃあ」

 ミヅキの腕の紐に炎が回った。

 俺は着ていた黒いローブの裾を持って、ミヅキの腕を包んだ。


 火は収まったが、ミヅキはううっと唸っている。火傷を負っているようだ。


「ミヅキ、大丈夫?」


「……痛い」

 

「ごめん、少しここに座っていて」

 

 俺は足元の周りの物体を手で押して空きスペースを作ってそこにミヅキを座らせた。


「さて……、どうしましょうか?」

 自分でも思っても見ない低い声で、男性に向かっていき、両腕を掴む。


 ミヅキの一言がきっかけだったにせよ、それが彼女に危害を加えていい理由にはならない。

 どうせもうすぐ死ぬ?

 

 俺だって、なぁ!

 この世界に飛ばされて生きているのか、死んでいるのか、実感がない。

 元の世界に戻れるといっても、その確証なんてものはない。

 ……それでも、だ。

 そんなことを言わずにここまでやってきた。


 ミヅキだって、理由はわからないが恐らくずっと死にたがっていて、その気持ちを我慢している。

 この紐は彼女の命を繋ぐ紐なんだよ。

 それをよくも……。


 死にたいなら、今すぐにでも自分1人で消えればいい、他の人を巻き込むな。

 

「おい、何するんだ!」


 俺は男性の両手首を掴んだ。


「もうくだらないことをしないようにです、よ」


 所詮は数か月、家で寝ている病人だ。

 振りほどこうとする力は弱く、俺の抑える力には及ばない。


「さっき言ってたこと、詳しく聞かせてもらいましょうか。誰もなんにもわかってない、この世界は終わる、の意味を」


「誰がっっ」

 男性は強く言葉を放つ。


「そうですか……わかりました。じゃあ、選んでください。今、死ぬか、この世界の終わりまで見届けるか」


「私があの世行きを手伝いましょう。聖女様に危害を加えた人を1人ぐらい、何してもどうにでもなるでしょうしね」


 男性は”聖女”という言葉に反応した。

 今のこの世界の唯一の希望。


 救われるのはわからない中でこの言葉を言わないでほしいと母親には口止めされていたが、俺はその約束を破り、男性に言った。


「聖女様だと……まさか……こんな辺鄙な村に、そんなこと……ううぅ、ありえない」


「ううぅ、希望なんてものはない……病気になった……こんな姿、何もない俺に誰も会いこなければ、手紙1つよこさない、どうせ蔑んで嘲笑っているんだ……何もかも失った。そのまま死ねばいいって」

 

 男性は急に語りだした。両親の話からすると男性の話はほとんどが妄想、らしい。病気になって引きこもって周りと連絡を断絶したのは本人であり、心配している人たちはいるがそれよりも本人は未来がないことを嘆き、死に行く自分を自分でさらに貶めているらしい。


 自分は死ぬ運命にある、何も期待してはいけないと自分をがんじがらめにし、何も信じないと決める。

 だから聖女がこの場にいるとは信じられないんだろう。


 化け物のような外見となり、心身が病んでいき、必ず死ぬ。

 それが闇の病みの正体だったのだ。


 しかし俺には目の前の男性は”生きる”を諦めているというより、むしろ生にしがみついて藻掻いて苦しんでいるように見えた。

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