第15話 わからなくても、選択肢は進むボタンしかない
「ミヅキ……? ミヅキ、そろそろ起きてよ、というか……もう起きてるでしょ?」
男性とその奥さんの家にミヅキを連れて移動した俺は、ミヅキをソファにおろして気を失ったままの彼女を起こした。
手伝ってもらったとはいえ、紐で繋がっているミヅキを連れての移動はそれなりに体力を使い、そのまま俺も横に腰を下ろそうとした時、ミヅキの長い髪の毛を踏みそうになったのでそっと除けた。そうしたらミヅキの身体はビクっと動いた。
俺は咄嗟に謝った。
「あ、ごめん」
「ううん、大丈夫」
ドキッ。
返ってきた。
え、何?
今の、ドキッってなんだ?
俺は自分の感情に驚いたが、普通に応答したミヅキを見た。
ミヅキは目を開いて、少し顔を動かしながら様子を伺っているようだ。
「ここは……どこ?」
「えーと……闇の病み……という病気にかかっている人がいる家」
俺は記憶がないというミヅキに俺の知っている言葉を教えた。
彼女は俺を見返し、意味がわからないという風に首を傾げた。
わからなくてもきっとなんとかなるでしょ、というか何もできなくてもするフリはしないといけない。
これはよく俺が高校や大学で使ってきた手段だ。
授業をほとんど聞いてないから勉強も話も一切わからない。常に勝つか、負けるか、ギャンブル感覚で友人にノートを借りて一夜漬け状況でテストに臨んでいたから、友達にわかってるフリは上手いと言われてた。全く一切わかっていないまま、先生の「わかってるよな?」という言葉にも頷き、その時の状況を読んで難を逃れてきた人間だ。
だからね、ミヅキ。
そんな顔されても、正直、俺も闇の病みが何かはよくわからないんだ。
俺に何かできるとは思わないが、とにかくミヅキは聖女で俺は彼女のお付きで、この家の人は俺たちを必要としている。だからここにいるんだ、と言葉は浮かんだが……俺は全部飲み込んだ。
言ったところでミヅキを不安にさせるだけ、な気がした。
俺は自分に言い聞かせるつもりで言った。
「大丈夫だよ、何も心配しないで」
その途端、ミヅキは耳を塞いで、鋭い視線を俺を向けてきた。
一体、どういうことだ!?
「やめて、大丈夫って……そんな簡単に言わないでよ!」
えっ……、さっき、ミヅキも『大丈夫』って言ったよね、と思ったが、そんなことを言う雰囲気はない。
咄嗟に「ごめん」と言ってしまった。そうしたら言った彼女も「あ……」と声を出した。
「うん……私こそ……胸にね……モヤモヤが……」
何かあるのかもしれないが……。
ここに長居するのはどうにも状況的によくないと察知した。
「あ、そう。えっと、とりあえずさっき話した人に会おう。それで元いた部屋に戻ろう」
端的に要件を言った。ミヅキも理解してなさそうだったけど、頷いてくれた。
「向こうの部屋にいるみたい。ほら行こうか」
俺はミヅキに言って手を伸ばした。ミヅキは俺の手を取って立ち上がった。
君は大丈夫って思ってない。
俺も大丈夫って思ってない。
ヤバいじゃん。俺の背中にひやっとしたものが通った。
でもやるしかない。どうせ何もしなくてこのままなら、流されるままにこの世界で何が起きてるのか、行ける所まで行こう。
俺は手を繋いだままのミヅキを部屋まで連れて、扉を叩いた。
「失礼します、先ほどご両親に説明うけたと思いますが我々は病気を研究してます。問診のため、入らせていただきます」
母親からの助言を元に話した。
そうでもしないと、息子さんは誰とも会いたがらないらしい。
相手から応答はない。それも想定通りだ。
扉を開けると、部屋は暗く、何も見えない。
光を嫌うらしく、電気はつけないでほしいと事前に教えてもらった。
扉を閉めて「あの……?」と声をかけると、少し先で声がした。
「研究? もうどうでもいい。俺はどうせあと少しで死ぬから放っておいてくれ」
男性の声がした。声の様子から自分と同じ年齢ぐらいのように感じた。
先に進もうと歩こうとすると足元に物体があり、なかなか前に進めず、しょうがなくその場で俺は立ち止った。
もう既にこの村で病気に罹った人が亡くなっているらしい。
希望は持ってないか。
子供の頃、病室で静かに死をまつ、死んだ祖父の姿を俺は思い浮かべた。
もうあと数か月で死ぬことが確定していたら、そうなるものなのかもしれない。
「……そう、ですか」
俺が次の言葉を考えている間、隣にいたミヅキが言った。
「……ねぇ、私にもその病気、移してよ」
それは『死にたい』ということと同義、きっとミヅキの願いそのものなんだろう。
彼女はこの時、どういう気持ちで言ったのだろう。
今の時点の俺には全く想像もできなかった。
この言葉で事態が思わぬ方向に向かって行くことになる。
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