第14話 闇の病みと聖女の血
ミヅキはベットに腰かけ、俺は小さなテーブルを挟んで椅子に座った。
そのまま彼女は一言も話さず、下を向いて長い髪は垂れて顔は隠れて見えない。俺も無言なので、そのまま沈黙の時間が過ぎる。
相変わらず、二人の手首は紐で繋がったままだ。
紐で繋がっていても、俺とミヅキはなんらお互いのことを知らない。
そう思うと不思議な関係だ。
俺はおもむろにミヅキに聞いた。
「ミヅキ……さんは、ここに来た時のことは覚えてる?」
ミヅキは顔も上げずに首を横に振ったようで髪の毛が左右に揺れた。
「そうか……、俺は覚えてる。町外れの
そして俺とミヅキはそのまま落ちたはずなんだ。残った言葉を口に出さないまま、俺は飲み込んだ。
ミヅキは顔を上げた。大きな綺麗な二重の目をさらに大きくさせて、不思議そうに俺を見た。
「知らない」
「年は?」
あの時のミヅキの恰好は近くの高校のセーラー服だったから、おそらく高校生なんだろうと聞いただけだった。
俺の言葉を機に、ミヅキの目は潤み始め、涙がぽつりぽつりと長いまつ毛から落ちた。
「ミ、ミヅキ……?」
俺は動揺し、名前を呼んだ。
「ご、ごめんなさい……わからないけど涙が出てきて……」
年齢の話は聞いてほしくなかったのだろうか?
「じゅう、はち。……文字が浮かんだだけで本当かわからない」
18歳、本当かわからないってどういう意味なんだろう?
俺は涙を拭っているミヅキに聞いた。
「もしかして……何も覚えてない?」
こくりとミヅキは頷いた。
「……名前だけ」
名前だけ、とポツリと呟くミヅキを見て俺は初めて会った時を思い出した。
そうだ、確か彼女は死にたがっていた。
そしてこの村に来る前、彼女は言っていたじゃないか。
『私がほしいのは暗闇じゃない、この世の終わり―――』
それは記憶がないことと繋がっているんだろうか?
ミヅキはひどく不安そうな顔をしている。
俺と彼女を繋ぐ紐が見える。
だから彼女はずっと繋がっていたいと思ったのだろうか?
状況を考えても、俺と彼女は
”君のいる場所はここじゃない”と、そう言おうとした瞬間、扉をノックする音が聞こえた。
「あのお寛ぎ中かと思いますが、こちらに聖女様はいらっしゃいますか?」
昨日、ここに連れてきてくれた男性の声がドアの向こうから聞こえた。
「はい、いますよ」
「すみません、血液検査をさせていただきたいのですが……」
ガタン。
ミヅキの足がテーブルに当たったみたいで、音が鳴った。
顔を見ると蒼白となったミヅキがいる。
「ミヅキ、大丈夫だよ、血を取るだけ」
身体を震えさせて、「……できない」と呟く彼女を元に俺は言った。
「ごめん、でも約束なんだ。……ここにいさせてもらうためには検査はしないと」
彼女は俺の声を聞いて、ふっとテーブルに伏せた。いや、意識を失った?
「ミヅキ? ミヅキ?」
呼びかけても彼女には声は届かないようだった。
俺はしょうがなく、扉の外側の男性に声をかけた。
「彼女が倒れました。すみません、とりあえず聖女の部屋に連れて行かせてください」
そのまま俺はミヅキの背中とひざ裏に腕を回して、彼女を引き寄せながら抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこと呼ばれるやつなんだが、なんとなく具合悪い人にはこの方法で移動させたほうがいいんじゃないかと思った。
よし、持ち上げよう!
うっ、思ったより重くはないけど、けっこう腕力が辛い。
扉を開けて、男性と昨日、採血時に会った女性を横目に数メートル先のミヅキの部屋を目指す。男性はついてきてくれて、扉を開けてくれた。
ミヅキをベッドに置いて俺は横に座った。(もちろん紐は隠した。)
「このまま血を取ってしまったほうがいいかもしれません」
俺は男性に提案した。
男性は一緒にいた女性を見る。
女性は頷き、「そうしましょう」と同意してくれた。
俺と繋がっていない方のミヅキの腕の洋服をめくり、血を抜いてもらう。
白い腕を通して、管に赤い血が通る。
試験管の中の血は俺の時と同じくすっと青く変わった、と思ったら、黒くなったと思ったら消えた。先ほどそこに存在していた血液はその痕跡があったとは思えないほどに綺麗に消え去った。
「……これは!?」
男性が驚いた声を上げた。
「闇の病みではないですか? 黒くなるなんて……不吉な……」
隣にいた女性は「確かに黒くなったけど消えた……これはあなた……聖女だからってことでは?」と男性に声をかけた。
どうも男性の奥さんだったようだ。そして男性は奥さんに「どういうことだ?」と聞いた。
「聖女は薬にも毒にもなる存在という言伝えですよ、だから一瞬青くなってそして黒くなって消えたのでは? あの子はやっぱり聖女様なのですよ……」
そういって男性の奥さんはしくしくと泣き出した。
「お願いします。息子を助けてください」
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