第12話 彼女と俺を繋ぐ紐

 男性に連れられて俺とミヅキは宿屋に来た。


 リビング的な部屋とベッドルームの2つに分かれた部屋へ通されて聖女様の部屋として利用してくださいと男性は言った。


 俺はおぶっていたミヅキを静かにベッドにおろした。ミヅキは下ろしても全く起きる気配がなかった。


 ふぅ。こんなんだったら、さっさとおろせばよかったな。


 その後、俺はその部屋から3部屋ほど先の部屋に案内された。


 俺の初見の感想はこれだ。

 あぁ、俺が最初に通された部屋と似てる。ベッドとテーブルがある簡易な部屋。


 聖女と扱いが違いすぎるだろ!

 まぁ、寝るだけだから、いいけどさ。

 寝る部屋だけでもあるだけマシだけどさ。


 ドッと疲れが襲ってきた俺は黒くて長くて重いローブを脱いで椅子に置いた、と同時にそのまま残っていた男性から声をかけられた。


「あのお疲れの所、申し訳ないですが、病にかかってないか血を取って確認させてほしいです」


 あぁ、約束したしね。

 無言で頷いた俺に、男性は別の部屋に来てほしいと言うのでそのまま移動した。


 男性に連れられてきた場所にいた女性がいた。看護婦みたいな手付きで空の注射を打つ。


「少し痛いですけど、我慢してくださいね」


 チクっとした痛みの後、軽く右手が痺れを感じた。女性の手にある注射を見ると俺の身体から血がゆっくりと注射針を通して流れていき、その先にある管の中に溜まっていく。


 いつ見ても、注射っていうのは嫌なものだな。

 そう思って管に溜まる自身の血をみていると、管の中の赤い血がすっと青く変わった。


「……”闇の病み”にはかかっていなそうだな」

「ええ、問題なさそうです」

 そんな会話が男性と女性の間で交わされている。


「あなたは問題ないことを確認しました、隣室の聖女様は起きたら取ります」

「わかりました」


 俺は自由になった右手を少し動かして痺れを軽くしようとしている最中に、男性が言う。

「……少し話を聞いていただけませんか?」


 俺は男性の顔を伺うと、門を開けた時の悲壮感と同じような暗い表情を向けていた。


 ああ、そうか。

 注射ですっかり頭から抜けていた、この村に蔓延する”闇の病み”から救うんだったと俺は思い出した。自分から名を名乗った以上、聞かないわけにはいかなそうだ。

 レオもいないわけで、……うん、宿屋の費用すら払えない。


「あぁ、はい。この村の闇の病みの話ですよね?」


「はい……1年ぐらい前までは何もなかったのに急に”闇の病み”にかかる者が出て、今ではほとんどの若者が罹っているのです。」


「それに……この村は隣の町から隣の町へ商品を運ぶ生業で生計をたてていて、その運び手である若者が動けなくなり、物理的な繋がりが絶たれ、瀕死の状況なのです。どうかこの村を……助けてほしいのです。そして……息子の命を、救ってほしいのです」


 村だけではなく、息子も……。

 この人の子供も病にかかっているのか。

 だからこんなに悲壮な表情をしているのか。


 今にも目から涙が出てきそうな空気のその男性に俺は聞いた。

「……そうなんですね。あの、ほとんどってことはかかってない人もいるんですか?」


「……いるような、いないような……」


「?」


 なんとも歯切れが悪い回答に俺は疑問を持ったが、言いたくないならしょうがない。


「えっと……じゃあ、息子さんの様子はどうですか? すみません、病気のことは知っているのですが、見たことなくて……」

 男性の息子に焦点を当てて聞いた。


「……気が進まないですが、息子は家にいるので……明日、会わせます。今日はもう遅いのでゆっくり休んでください」


 やっと開放された俺は先程、案内された部屋に戻った。血を抜かれたせいか、さらに疲れてクタクタになっていた。


 はぁ、もう寝よう。

 そう思って俺はベッドに向かってゆっくりと横になった。


 ムギュウという何かを踏んだ感触と「いたぁい」という声が部屋に響いた。


「え!?」


 俺は飛び起きてベット脇で膝をついた。


 な、なんだ?

 ベッドをみると少しこんもりとしており、掛布団の端から白い手が出てきた。

 その手は俺の腕を掴んだと思ったらそこから布団がめくれてミヅキが現れた。


「えっっ、なんでいるんですか?」


 俺は部屋を見まわす。

 簡易なテーブルとベット、間違いなく俺が案内された部屋だ。


 何で、ここにミヅキがいる?

 しかも腕掴まれてる。


「君は私を守ってくれるんだよね? ……」


「待ってたよって言ったよね? ……」


「レオがいないんだから……君は……私を、を守らないといけない……のに、私を置いてどこに行ってたの?」


 俺はミヅキの勢いにビビって尻もちをついた。

 彼女は掴んだ腕を離さないまま、俺にくっつきそうなぐらいに近づいて、ささやく。


「これで、ずうっと一緒だよ」


 そういって隠し持っていた紐で俺の腕を縛り、自分の腕に巻き付け始めた。

 紐で繋がった姿を見て、彼女は静かに微笑んだ。


 怖い。

 俺のほうが腕力は強いってわかっているのに、全く動けない。

 少しでも抵抗したら俺はどうなってしまうんだ。

 脳裏に浮かんだそれをこれから嫌と言うほど味わうことになるのだとこの時の俺は知らなかった。

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