第3話 聖女に会わずして、酒場に行く
聖女の部屋の扉前で門前払いを食らった俺とレオはしょうがないので、一旦、屋敷を出て、この集落の酒場にやってきた。
「酒、飲めるか?」
レオが俺に聞く。
そういうのって、この席に座る前に聞くべきなのでは?と思ったが、俺も何も言わずに座ったな、と自分自身を振り返った。そしてレオに向かって「一滴も飲めません」と言った。
「え"っ?」
レオは驚いて、その場で顔も体も固まった。
予想通りのオーバーリアクションで俺は少し笑ってしまった。
「すみません、酒場っていうのを一度、体験したくて」
あと少しで20歳、日本にいたらまだ飲めないし、飲めるようになっても一度、親戚の家で一口、飲んで泡を吹いたという伝説を持つような体質で酒は飲めない。
一回ぐらいの一回をこの世界で体験しておいてもいいかなと思った。
「あぁ、まぁ…そういうこともあるよな…何事も経験とは言うからな」
そういってレオは少し考えた後、カウンターに行き、何やら注文を始めた。
俺は席からぼうっとした目でカウンターのレオと店員らしき人とのやりとりを見ていた。
店員はレオと話ながら驚いた顔をして、俺の方を一瞬見た(気がする)。
レオに向かって何やら真剣に話をし始めた。レオも相手に身振り手振りで説明をしている。そうして店員は仏頂面のまま、お店の奥に入って行った。レオは俺の方を向いて、手を振り、よくわからないアクションを取った。おそらく、少し待てといいたいんだろうかと思考を始めたところで、店員が奥から出てきて、手に持っていた大きなグラスに注がれたビールらしき物体と、マグカップと小さな袋をレオに渡した。
レオは中身を確認して、頷いてこちらに戻ってきた。
「はい、これ」
そう言い、レオはマグカップと一緒に握っていた小さな袋を渡してきた。
マグカップの中身は水のような、透明な液体だった。
「これは何…ですか?」
「飲んでからのお楽しみと言いたいところだが…まぁ、この店で一番高価な、飲み物だよ。酒ではないから自分は興味を持っていないがね…周りで飲んだ奴らの噂になってたから一回、頼んでみたかったんだ」
一番高価な、飲み物ね。
何も考えずに質問した。
「いくらなんですか?」
「兵士1年目の1か月分の給料で17万ギルド」
ここの通貨はギルドなのか…。
うーん…よくわからないけど、日本円だと10~15万円ぐらいの価値なんだろうか?と俺は想像した。
ん?支払い??
俺は急に思い出して、レオに向かって言った。
「えっ…あっ…そういえば、その支払いはどうしたらいいんですか!? 俺には払えませんよ?」
この世界にきて、金銭なんてものを持っているはずがない。
俺の慌てぶりとは反対に、レオは落ち着いた表情で笑みを浮かべて話し出す。
「それがな、この店はさ、聖女と聖女を守る者は無料なんだよ」
あぁ、それでさっきカウンターの店員が俺をみたのか。
「むしろ、ごちそうさま、シュウ。あ、これは薬草で入れると飲み物が完成する。入れた後ですぐに火をつけないといけなくてね、別になってる」
そう言い、袋を開けてさらさらとした粉をマグカップに注いだ途端、マグカップの淵いっぱいまで、泡がモコモコと膨らみ、そこにレオはライターらしきものを取り出して火を近づけた。その泡に火が飛び移り、全体が1瞬光り、目が眩んだ。
次の瞬間、俺は目を開いた。マグカップの泡はなくなっていて、深緑色の透明な液体の表面がキラキラと光っていた。
「では、酒場と出会いに乾杯!」
二人でグラスとマグカップをカチンと当てた。
レオはすぐに飲み始めた。俺は少しこの飲み物の匂いを嗅いだ。メロンのような甘い香りがしたので、大丈夫かとごくりと一口飲んだ。
「どうだ?」
レオが聞く。
「…普通に美味しいです」
メロンジュースみたいな味がしたので、俺はごくごくと一気に飲み干した途端に、くらっとして瞼が落ちた。
俺の様子を見て、レオが「おい、大丈夫か?」と聞きながら、身体を揺らしてくれた。そのおかげか、俺は意識を戻した。
ん?
この感じ??
「…レオ、これ…栄養ドリンク??」
ニヤニヤとレオが俺を見て、「おっ、わかった?」と言う。
そう、俺が飲んだ飲み物は日本でも売ってるカフェインやらてんこもりのエナジードリンクのようだ。何か思考はシャキッとし、元気がみなぎってくる。
「シュウ、これで元気になってまた明日、聖女に会いに行こう」
「わかったよ、レオ」
ドリンクのせいなのか、いつの間にかレオに対して敬語が取れていたが、レオは全然、気にしてないようだった。
「もう場所はわかっただろうから、明日は10時に屋敷前な」
そう約束して、俺とレオはしばらくその場でお互いの話をし、解散した。
まさか、そのせいであんなことになってしまうなんて…。
飲まなきゃよかったこのドリンク…。
俺は1日後の後悔を知る由もなく、家に帰宅した。
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