第2話 伝説の聖女とそのお付き、つまり俺。

 この世界の洋服は袖が長く、手に近づくにつれて幅が広くなるデザインの黒い上着に、黒いパンツに、黒いローブを着るという全身真っ黒の仕様で、俺もその服を支給されたので素直に着替えた。


 全身黒って…どうよ?


 俺の寝起きしているのは宿屋みたいな場所のようだが、今は俺以外にはこの集落の数名が俺の世話のためにいるだけで、どうも貸切にされているようだった。

 聖女とやらも同じ場所にいるのかと思ったが、どうもそうでもないようで、準備ができたら連れていってくれるという話だった。


 部屋の外にいる人に声をかけた。

「あの…準備終わりました、宜しくお願いします」


 声をかけた人物は同じようにローブを着ているので顔以外の見た目は身長が高いことと大柄であること以外はよくわからないが、精悍な顔つきの自分よりおそらく年上の男性だった。


「ついてこい」


 そういうので、俺はその男の後を追って歩いた。

 歩きながら、目の前の人が歩くたびに、カチャカチャと音がする。


「おまえが守る者だとはな、見えないな」

 そう小さな声が聞こえた。


 どういう意味だ?


 男は振り返った。

「そんなひょろくて、どう守るんだ?」


 あぁ、そうか。

 俺の見た目をみて、この人は”聖女を守る者”には見えないと言っているようだ。


 相手の言い方に少しだけカチンときた。

 そんなこと言われても、なりたくてなったわけじゃない。

 とはいえ、この男の体型からして腕力で自分が勝てる気はしなかった。


 俺は少し考えて、言った。

「…私の世界では会話の基本として、まずは挨拶と名前を名乗ります」


 続けて俺は手を差し出して言った。

「初めまして、―――あなたの名前は?」


 男は俺のしぐさに少しびっくりしたようだった。


 その様子を見て、そういえばこの世界の人が握手を知っているのかわからないな…と思った。


「同じように手を差し出してもらいますか?」


 男はローブから手を出した。

 手の先には鋼のようなもので覆われた腕が見えた。

 どうやらローブの下に鎧を着ているようだ。


 俺は動揺している素振りを見せる相手の手を両手でがっちりと握った。

「よろしくお願いします、名前はしゅうたろうと言います」


「シュウ…タロ…、私の名前はレオンアリウス…周りにはレオを呼ばれている、よろしく」

 レオは俺に向かって罰が悪そうな顔して、挨拶した。


「では、レオさんと呼ばせていただきますね、その洋服の下に鎧着てますよね?あなたは何者ですか?」

 俺は相手を知らずして何も言えないと思い、レオの腕から見える様子から思わず、聞いてしまった。


「…軍に所属している、兵士だ、この地域に派遣されてきている」


 兵士か…その場合、ほぼ誰がきても聖女を守るように見えないんじゃないのか?

 俺は心の中で悪態をついた。


 そうすると、彼が言いたいことは…

「レオさんが聖女を守りたい、んですよね?」


 図星だったのか、レオの顔は茹でタコのように赤くなった。

「お前…いや、シュウ…何を…」


「正直、見ての通り、そんな感じ全くないのはその通りなので、聖女を守れるのか、俺自身、疑問ですよ。だから譲れるものなら譲りますけどね…」

 俺は少し目を伏せて、思っていたことをそのまま言った。


 レオは俺の肩をポンポンと叩いて「おそらく長老はそれを見越して軍に要請したのだろう、そのための、私だ、心配するな」と言った。


 そうして聖女がいるという屋敷にたどり着いた。

 ここら辺の集落の中で一番大きな屋敷だった。


 レオはここに来るまでに今の状況を説明してくれた。数年前からこの国の中枢部分でおかしなことが起き始め、古文書に書かれていることが本当なのではないかと囁かれ、この国を案じた国王からの指令で隠密に聖女探しが始まったらしい。


 ―――新月に闇は増殖する、その増殖が一定以上になった時、異世界からこの世界に聖女は舞い降りる、彼女がこの世界の薬となるか、毒となるかは聖女が連れてくる聖女を守る者による、二人はいずれかのシシの先端の祠に出現するであろう、来たる日に備え、その者たちを探し、この世界を覆う闇を祓え


「心の準備はできたか?」

 レオは俺に聞く。

 何だか話を聞けば聞くほどプレッシャーしかないと思ったが、レオの真剣な顔を見て、この世界の人にとっては藁をもすがる思いなのだろうとその意を組んで俺は頷いた。


「聖女様はこちらにいらっしゃいます。聖女様、昨日、ご説明しました方がいらっしゃいましたので扉を開かせていただきます」

 聖女の部屋の前でメイドが言い、トントンと扉を叩いて、扉を開けようとしたその瞬間だった。


「…開けないで…誰とも話すことは…ありません…どうせ話したところで何もできません」

 中からか細い声が微かに聞こえた。


 レオと俺は顔を見合わせ、どういうことだ?という目配せした。


 メイドが寄ってきて「聖女様は保護された日からずっと塞ぎこんでおりまして…まったく話せないのです」とそっと告げた。


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