最終話「君と出逢えて、あなたと出逢えて」

 あれからしばらく経った。

 街は復興の兆しを見せており、壊れた建物はほとんど修復されていた。

 まるで、あんな惨劇など初めからなかったと告げているように。


「この世界の技術はすごいですね。あれだけ何もなかったのに、もう建物が並んでいるなんて」

「人間の底力ってやつかな。希望を捨てない限り、人間は何度でも立ち上がるんだ。昔からそうだから」


 いつの時代でもそうだった。

 どんな絶望的な状況になっても、人々が前を向く限り、そこに希望は生まれる。

 瀧本はアスファルトに咲く小さな花を見ながらアシュリーに話した。

 なんだか人類代表のようは顔をしてしまったけれど、思っていることに変わりはないし、きっとアシュリーが暮らしていた世界だって同じだろう。


 もうすっかり春だ。

 そろそろ桜が見頃のシーズンになる。

 アシュリーと出会って1年近くが経った。

 あの時から多くのことが変わった。

 一番は、アシュリーが妻になったことだろうか。

 だから必然的にナタリーが義理の妹になる。

 まだ彼女が義妹であるということには慣れそうにない。


「お花見、いつやりましょうか」

「僕はいつでもいいよ。でもきっと矢野やアズベルトたちも行きたいって言うだろうし、みんなの都合が合う時がいいかな」

「そうですね。皆さん忙しい……ことはないのでしょうか?」


 アシュリーが首をかしげる。

 矢野は瀧本と職場が一緒だから、都合はつけやすいし、アズベルトたちも仕事が仕事なのでどうにかこうにか都合がつけられるだろう。

 同様の理由で長良親子も呼びやすい。


「……意外と何とかなりそうだな」

「ですね。私のお店も理由つけて休めば何とかなりそうですし」


 最近、アシュリーは店を構えた。

 最近空いたばかりのテナントを借りて、カフェを経営している。

 店舗経営のノウハウは恵子から教わり、ゆくゆくはカフェから喫茶店、そしてレストランへと規模を大きくしていきたいと考えているらしい。


「最近、お店の様子はどう?」

「順調ですよ。客足も徐々にですが増えていっています」


 嬉しそうに彼女は語った。

 店をやりたい、と言い出したのはアシュリーの方からだった。

 あれだけ「家を守ること」に固執していたのに、どういう風の吹き回しだろうと思っていたのだが、彼女の中の興味はずっと残っていたらしい。


「食事の温かさを少しでも多くの人に知ってほしいなと、炊き出しの時にそう思ったんです」

「なら僕も手伝えることがあったら手伝うよ。と言っても、僕は公務員だし、料理は得意じゃないから、やれることは限られているけどね」

「ならその分私も働かせてもらおう。コンビニとカフェの二足のわらじだが、ちゃんとこなしてみせるさ」


 ということがあり、アシュリーは無事に店を構えることができた。

 今日はカフェの買い出しの手伝いだ。


 アシュリーが働き始めてから、家の中は少し寂しくなった。

 それでも、瀧本が家に帰ってくる時間帯にはなるべく家にいるように彼女も務めているようで、この前も新婚三択をやってみせた。

 何をやっているの、と瀧本は困惑気味だったけれど。


 両手いっぱいにたくさん詰め込まれた買い物袋を抱えているから、とても疲労感が募っていく。

 情けないぞ、とナタリーは揶揄するが、一般男性には少々しんどい。


「半分くらい荷物を持ってくれ」

「断る。それくらい持てないとお姉様を守ることはできんぞ」

「そうですよ爽太さん。筋トレです、筋トレ」

「無茶言うなあ」


 最近アシュリーがわがままになってきたような気がする。

 わがまま、というかお茶目な部分が少し目立つようになってきた。

 そういうところも可愛いからついつい許してしまうのだけれど。


 やっとの思いで家までたどり着いた。

 どうして「散歩ついでに買い物しよう」なんて言い出してしまったのか、自分で自分を呪いたくなる。

 こういう時のためのレンタカーなのではないだろうか?


「今日の晩御飯は?」

「ハンバーグです。喫茶店になった時、看板メニューになればいいなと思いまして」

「なら僕らは手伝わない方がいいかな」

「いえ、一緒に作りましょう。その方が楽しいですし」


 ふふ、と微笑みながらアシュリーは食材を取り出していく。

 それを瀧本たちは開封していき、調理の準備を始めた。

 休日は一緒に料理をすることが多くなり、こうやって準備をするのも手慣れたものだ。


 アシュリーの指示通りに瀧本たちはハンバーグを作っていく。

 当然彼女が自ら作った方が見栄えもいいし美味しくなるのだが、自分で作ったものはまた違った美味しさがあるということを、十分理解している。


 料理を終えて、出来上がったものを皿に並べた。

 出会った頃は料理すらまともにできなかったのに、今となっては逆の立場になってしまうとは。


「いただきます」


 3人の声が揃う。

 一口味わうたびに肉汁が溢れ出てきて、ますます食欲を刺激する。

 白米とも合い、最高のハンバーグだ。


「これ、看板メニューできるよ」

「本当ですか? やりました」


 嬉しそうに彼女はハンバーグを頬張った。

 こんな名前のない毎日だって、幸せに感じる。

 何気ない日常が色づいて見える。


 全部、アシュリーと出会ったからだ。

 だから心から言える。


 出会ってくれて、ありがとう、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたとであえて 結城柚月 @YuishiroYuzuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ