第84話「答え」

「この指輪……」

「帰り際、アズベルトがくれたんだ。お守りだって。ちゃんとした指輪はまた今度買いに行くから……でも、君への気持は本物だよ」

「知ってます、そんなこと」


 アシュリーは大粒の涙を流しながら指輪をはめる。

 彼女の左手薬指がキラリと光った。

 唯一無二の輝きだ。


「嬉しいです。とても」

「じゃあ──」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 涙を流しながら、アシュリーは微笑む。

 そんな彼女がたまらなくいとおしくなって、瀧本はアシュリーを優しく抱きしめた。

 あたたかい、生きている。

 ただそれだけで涙があふれ出てきそうだ。


「一生をかけて君を守る。一生をかけて君を幸せにする。だから僕は、君とこの世界で生きたい」

「私も、同じ気持ちです。この世界で爽太さんたちと生きていきたい。その気持ちに変わりはありません。あとは、お父様をどう説得するかです」


 ふんす、と彼女は意気込む。

 けれど2人の話をを聞いている感じだと、きっと大丈夫だろう。

 威厳があって、恐ろしい人ではあるけれど、冷酷非道な人間ではなさそうだ。

 ……いや、娘のこととなると我を忘れてしまうかもしれないけれど。


 最悪の想定をしてしまい、背筋がぞくりとする。

 でも、大丈夫だろう。

 そんな根拠のない、けれど確かな自信が瀧本の背中を押した。


「戻ろうか、ナタリーのところへ」

「はい」


 瀧本たちは手を繋ぎ、ナタリーのところに戻る。

 ナタリーは最初何でもないのに手を繋ぐ2人に少し驚いていたけれど、アシュリーの薬指が光ったのを確認して、にこやかな笑顔を彼女に向けた。

 対して瀧本には厳しい目を向けたものの「幸せにしなければ私が許さない」と若干挑発めいた笑みを見せていたので、それを瀧本は「認めてもらえた」と受け止める。


 こうして、夜は更けていった。

 アシュリーたちと出会って、一番幸せだと感じる夜だった。




 約束の朝。


 いつもより早く目が覚めた瀧本は、ベランダに向かった。

 普段ならアシュリーが朝食を作ってくれているのだが、まだ食材が揃っていないため、今日もお預けだ。


 そしてアシュリーもベランダにて外の景色を眺めていた。


「おはようございます、爽太さん」

「おはよう。昨日は眠れた?」

「はい、それはもうぐっすりと」


 あはは、と瀧本は笑みをこぼす。

 こちらは全然眠れなかったというのに。

 もちろん彼女の父親に挨拶をする、という緊張はあったけれど、それ以上にプロポーズを終えた際の興奮が収まらなかった。

 彼女の前だとあんなに堂々とできたのに、一人になると心がほぐれて悶絶してしまう。

 結局眠れたのは深夜の3時になってからだった。


「不安ですか?」

「まあね。僕たちのこと、認めてくれなかったらどうしようって」

「大丈夫です。きっと、お父様もわかってくださいます」

「だといいな」


 今できることは信じることだけだ。

 大丈夫、きっと上手くいく。


「来ました」


 アシュリーの声のトーンが変わった。

 神妙な面持ちで、空を見る。

 空には何もない。

 が、次の瞬間、目の前が白い空間で埋め尽くされる。

 あの日と同じ現象だ。だから特に驚いていない。


 白い空間の中には、瀧本の他に、アシュリーとナタリー、そしてアズベルトだけでなく、ガーネットに、翔くんと恵子さん、そして矢野の姿まであった。

 以前はいなかったのに、どういうことだろう、と首をかしげる。


「ここが例の空間? なんか、すごいね」


 意外と矢野たちは冷静だった。

 というか好奇心の方が勝っている様子だった。


 そして昨日のごとく、何もないところから蜃気楼が現れ、アシュリーの父親が姿を見せる。


「答えを聞こうか」


 淡々とした様子で、彼が尋ねた。

 アシュリーは堂々とした様子で、父親と対峙する。


「私はここに残ります。この街で、爽太さんと過ごします。お父様ともう会えないのは残念ですが、私は、国に戻って皇室として生きるより、普通の一般人として生きることを選びます。私の意志に、迷いはありません」


 言い切った。

 彼女は、親に向かってそう言い放った。

 続けざまに、ナタリーたちも言葉を添える。


「私も、ここに残ります。お姉様の護衛はお任せください」

「俺もです。悪いけど、俺も向こうには戻らねえ」

「ふむ、そうか……」


 アシュリーの父親は、少し俯いて、微動だにしない。

 その沈黙が妙に恐ろしく感じた。


 が、返ってきた言葉はあっけらかんとしたものだった。


「だと思ったよ」


 つまりそれは、アシュリーがこの世界に残ってもいい、という答えだ。

 嬉しいことなのに、あまりにも単調としすぎていて素直に喜べない。


「私も一晩考えた。世界を閉じるべきか、そしてアシュリーたちを我々の世界に戻すべきか。まだ答えはわからない。だが、お前たちのその真っ直ぐな目を見たら、信じるしかないと思ってな」

「では、お父様……!」

「ああ。好きにしなさい」


 アシュリーは目を開かせ、キラキラとした瞳を瀧本に向ける。

 やりました、と言いたげな口は声も出ず、パクパクと動くだけだった。

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