第83話「プロポーズ」
「夕飯、どうしましょうか」
「炊き出しがあるかもしれないから、公園に行こうか」
瀧本たちは自宅を出て、近くの公園に向かった。
予想通り炊き出しの行列が出ており、遠くからでも豚汁のいい匂いが食欲を刺激する。
「チョコレート……」
「え?」
「チョコレート、渡せませんでした」
瀧本の隣で、アシュリーははにかんだ。
そういえばそんな時期だった、と思い出す。
確かイーヴルに襲われる前にも同じような話をした。
「ずっと待ってるよ。別に、2月14日に渡さなきゃいけないって決まりもないし」
「なら、落ち着いたころにお渡ししますね。あ、もちろんナタリーにも渡しますから」
「わかっております」
ふふふ、と他愛もない会話をしながら炊き出しを待っていると、あっという間に瀧本たちの番になった。
提供された紙コップの中に豚汁が注がれ、それを瀧本たちは食する。
今日の食事はこれだけだが、ないより遥かにいい。
「温かいですね。心がポカポカします」
「ああ。普段当たり前にしてる食事がこれほどありがたいものだったなんてな」
少しはアシュリーたちの故郷のことが分かっただろうか。
戦争で食べることさえままらない人たちの気持ち、これで疑似体験できただろうか。
だけどそれはこの世界でも起きていることで、いざ自分がその現場に居合わせてしまうと、数日も生きていけないかもしれない、と自分の限界を思い知ってしまう。
「今更だけどさ、もう、家族に会えなくなるかもしれなくても、アシュリーたちはそれでいいの?」
「本当は少し寂しいですよ? お父様は厳しい方ですが、それと同じくらい優しい方でもありましたから」
そこから、彼女は父親との思い出を瀧本に語る。
しかし想像していたような親子のエピソードはほとんどなく、そのほとんどが執務中での出来事だった。
「父親らしいエピソードは、ほとんどありません。常に『世のため、国のため』をモットーに動いていましたから。ですが、私たち家族を思う気持ちは本物だったと思います。戦場から帰れば真っ先に安否の確認をしてくれますから。ぶっきらぼうな感じですけれど」
「そうでしたね。お父様、いつもあまり表情を崩されないから、何を考えているのか全然わからないんですよ。子供の頃はそれが怖かったんですけど、今は『心配しているんだ』とか『怒っているんだ』とか『喜んでいるんだ』とか、少しですがわかるようになりましたね」
豚汁を食しながらナタリーも父親との思い出話に花を咲かせる。
瀧本も2人の話を聞いて、彼女たちの父がどういう人物かある程度想像できた。
要するに、口下手な人なのだろう。
「ナタリー、初めて魔法を勉強した時のこと、覚えていますか?」
「もちろんです。初めて術式を成功させたとき、大きな頭を私の手に乗せて、とても優しい声で『頑張ったな』と言ってくれたあの時の温かさは忘れるものですか」
「今でも戦場から帰ると言ってくれますよね。よく頑張った、と。さすがに頭は撫でてくれませんけれど」
嬉しそうにアシュリーが語る。
やはり彼は、不愛想だが、家族のことを大事に思う親バカなのだと確信した。
だから今回、彼がアシュリーたちを心配しているのも、国王という立場からというよりは、親としての立場からだろう。
「いいお父さんだね」
「ええ。私たちの自慢の父です。少し感情表現が不器用なだけで」
ふふふ、とアシュリーが笑った。
なんだか彼女の父親のことが少し可愛らしく思えてきた。
だからこそ、ちゃんとアシュリーとのことを認めてほしい。
彼女が選んだ道に心から賛同してほしい。
だから、今、この場所で言うことを決めた。
「アシュリー、ちょっといい?」
「ええ、構いませんよ」
ナタリーもついて来ようとしたが、それを瀧本が阻止する。
「2人きりで話がしたい。少し待っていてくれないかな」
「……わかった。お姉様を泣かせたら容赦しないからな」
わかってる、と心の中で呟き、瀧本は人込みから少し離れた場所に向かった。
公園の中、ムードもへったくれもない。
本当はイルミネーションの綺麗な場所でやりたかったし、もっと彼女との時間を楽しみたかった。
けれど、今やるべきなんだ。
強い衝動に身を任せ、瀧本はアシュリーと向かい合う。
「えっと……今言うべきなのかはわからないけれど、今言うべきなのかもしれないって思って、言います。僕は、君と出会って、すごく毎日が楽しくなりました。これからもずっと楽しい毎日を君と一緒に送りたいです。だからどうか──」
瀧本は上着の内ポケットから指輪を取り出した。
小さくダイヤモンドの宝石が埋め込まれている。
それを見たアシュリーは目を見開かせ、口元を手で覆った。
「──いろいろすっ飛ばしたけど、結婚してください」
本当に急だな、と自分でも思う。
だけど、アシュリーの父親に彼女の思いを認めてほしかった。
あまりにも力技すぎるのはわかっているけれど、こうでもしないと説得なんてできないと思ったから。
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