第82話「本心」

 部屋に戻った瀧本たちは、テーブルを囲み、作戦会議を開く。

 と言ってももう答えは既に出揃っているから、あとはアシュリーの父親をどう説得するかなのだけれど。


 とはいえ向こうの言い分もわかる。

 イレギュラーとはいえ、今後イーヴルのような凶悪な奴がこの世界に迷い込んでンでしまう可能性がゼロだとも言い切れない。

 それに、これは向こうの世界の人間によるケジメでもあるだろう。

 自分たちの問題を関係ないこの世界に持ち込んでしまった、そのケジメ。


 だとしても……。


「俺は帰らねえよ。あの人たちに恩義があるしな。ま、向こうに戻りたいって気持ちはすこーしだけあるけどな」


 開口一番にアズベルトが言う。

 その言葉にナタリーやアシュリーも同意した。


「私も同じです。この世界で爽太さんと一緒に暮らしたい。でも、それでお父様たちと二度と会えないとなるのは……やはり悲しいです。それに、次期国王をどうするかという問題も……」

「それは大丈夫でしょう。あの様子だとしばらくは元気そうですし、万一何かがあってもお父様の弟君一族が何とかしてくれるでしょう。皆、民を思った素晴らしい方たちです」

「ですが……」


 アシュリーが口を噤む。

 彼女は責任感のある人間だ。

 自分の将来と、国民の未来を天秤にかけているのだろう。


「私、あの時お父様に歯向かいました。ですが、冷静になって考えると、私のわがままだけで爽太さんと一緒にいることなど、許されてもいいのでしょうか」

「いいんだよ! そんなのどうだって」


 先ほどまで蚊帳の外だった矢野がアシュリーの背中を叩く。


「まあ、さっきその場面にいなかったから責任持った言葉は何も言えないけどさ、アーちゃん真面目だから、いろいろ背負いこもうとしてるんだよね、きっと。もっと楽に考えてみなよ。使命とか、立場とか、全部外してさ。もう答え出てるんでしょ?」

「それは……」


 再びアシュリーは口籠る。

 おそらく彼女の本心は、父親に向けて言い放ったあの言葉だ。

 しかし父親の言い分だって、彼女自身十分理解しているはずだ。

 だから、その板挟みで苦しんでいるのだろう。


 もし、迷って、迷って、それで「向こうの世界に戻る」という選択肢をアシュリーが選んだとしたら……瀧本は、彼女の選択を否定するつもりはなかった。

 アシュリーがそれを心から望むのなら、尊重するし「ついてきてほしい」と懇願されたら、向こうの世界で暮らすつもりだ。

 けれど、迷いながら出した答えだとしたら、きっとその答えを否定するかもしれない。


 彼女には、悔いのない生き方をしてほしいから。


「私は、次期国王で、皇族で、国民の象徴たる存在で……」

「ああ、そういうのいいから」


 瀧本はアシュリーの言葉を遮る。

 一体いつからそんなてんこ盛り属性だった、と突っ込んでしまいたくなった。


「僕の知ってるアシュリーはそんな高貴な感じじゃなくて、もっとこう……親しみやすくて、とても家庭的で、ちょっとおっちょこちょいで、努力家で、献身的で、いつも一生懸命で、可愛くて、綺麗で、たくましくて」

「ストップ! ストップです爽太さん!」


 いろいろ言葉を並べる瀧本を、アシュリーは遮った。

 もう、と頬を膨らませ、ごめん、と瀧本はへらりと笑う。


 そんな2人のやり取りを見て、「ついに付き合ったの?」と矢野はナタリーに尋ねた。

 ナタリーも「ようやくな」と半ば呆れながらアシュリーたちを見つめる。


「まあ、何が言いたいかというと、僕が知ってるアシュリーは、そんな堅苦しい貴族とか皇族なんかなじゃない。一人の人間としての君だから。その君が一番どうしたいのか、ちゃんと伝えるべきじゃないかな。政治の謀略とか抜きでさ」

「一番どうしたいか……」


 アシュリーは目を瞑る。

 瀧本たちは彼女が答えを出すのを静かに待った。

 チクタクと秒針が時を刻む音だけがこの部屋に響く。


 少しして、彼女が目を開いた。


「やはり、この世界で暮らしたいです。爽太さんや、皆さんと一緒に」

「そう言うと思ったぜ」


 ポン、とアズベルトは彼女の頭を撫で、ガーネットもぎゅっと彼女を優しく抱きしめる。

 これでひと段落だ。

 あとは本題通り、向こうをどう説得するかなのだけど。


「説得は任せてください。必ず私がなんとか言いくるめてみせます」


 アシュリーがそう言い張るので、瀧本は彼女にすべてを任せることにした。


 まだインフラはすべて整備されていない。

 水もガスも電気も何も通っておらず、ガクブルと震えながら瀧本たちはそれぞれ思い思いの時間を過ごす。


「そういえば、君たちの住んでいるところは大丈夫なんじゃないか?」

「おお、そうかもしれない」


 瀧本がアズベルトに向けて尋ねた。

 その予想通り、長良親子は無事で、問題なく生活できているという。


「なら今日は帰るわ。お前らも家に来るか?」

「いや、僕たちは遠慮しておくよ」

「はいはーい、あたし行きたーい!」


 遠慮もなく、矢野が手を挙げた。

 アズベルトたちと別れ、瀧本たち3人は暗くて寒い部屋に残った。

 彼がくれた明かりと暖房用の鉱石と共に。

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