第80話「父の通告」
アシュリーの、父親。
確か向こうの世界で国王だったと聞いている。
しかしなぜ今更彼女の父親がこの世界にやってきたのか?
瀧本の背筋が伸びる。
異世界の人間とはいえ、同棲している女性の親が来るのだ。
緊張しないはずがない。
しかし、その父親らしき姿はどこにもなかった。
アシュリーもキョロキョロと周囲を見渡し、その人物を探す。
きっと気配だけが伝わっていて、姿は見えないのだ。
「ねえ、君のお父さんってどんな人?」
「とても厳格な方です。一流の魔導士として、国王として、とても誇り高く、国民からも広く慕われています」
「そんな人がどうしてこの世界に……というか、どうやって」
「わかりません。ですがおそらく──」
アシュリーが何かを言いかけた途端、途端、突然周りの環境が変わった。
真っ白で何もない空間。
瀧本やアシュリーだけでない。ナタリーやアズベルト、ガーネットもこの謎の空間へ飛ばされてしまったようだった。
「一体、何が……」
瀧本たちが狼狽していると、遠くから足音が聞こえた。
コツ、コツ、コツ、という冷たい音だけでわかるこの威圧感。
すぐにびくりと背筋が伸び、電撃が走ったような感覚に襲われる。
遠くから、陽炎のようなものが瀧本たちに向かってきた。
やがて陽炎は実態を帯びてきて、初老の男性のシルエットになる。
短い白髪で、口元や皮膚には多少のしわがあったが、それでも老いを感じさせない凛々しさがあり、威厳というものが見ているだけでひしひしと伝わってくる。
アシュリーたちは反射的に左膝を床につける。
まだ何が起きているのかわからない瀧本はぼうっと突っ立ったままだった。
それを、ナタリーは許さない。
すぐに彼の頭を掴み、グイっと地面につける。
「何をしている! 膝をつけ!」
とナタリーに一喝されてしまったが、その初老の男性は手を小さく上げて「楽にしなさい」とだけ呟いた。
重厚感のある声だった。
一言一言に威厳を感じられ、ただならぬ緊張感が瀧本たちを支配する。
アシュリーたちは膝を上げ、彼を見つめる。
約1年ぶりの再会だろうか。
きっと、積もる話もあるだろうけれど、そんな空気ではないことくらい、瀧本も十分理解できている。
初老の男性……アシュリーたちの父親は、まず実の娘である2人に目を配らせた。
冷たい目だった。
そこに親としての感情は持ち合わせていないように感じた。
「2人とも、この世界にいたのだな。アズベルトも一緒とは。驚いた」
「それよりもお父様、私は、どうしてお父様がこの世界に足を運ばれたのか、知りたいのです。そもそも、どうやってこの世界へやってこれたのですか? それに、この空間は一体……」
アシュリーの父親は、ふむ、と一呼吸おいて話を始めた。
「ここは私が作り出した一種の別世界だ。この空間の中にいるお前たちと外部との時間との関連は完全に断たれている。いわば、外は時が止まっている状態だ。なるべくこの世界には干渉したくないのでない」
そんなすごいことができるのか、と瀧本は感心するが、本題の部分はまだ訊けていない。
そのくらいすごい力があるのなら、どうしてわざわざこのタイミングでやってきたのか……いや、このタイミングだから来たのか。
イーヴルが暴れて、取り返しのつかないことになってしまったから。
彼は話を続ける。
「以前から並行世界の存在はまことしやかに囁かれていた。詳しいことはまだわかっていないが、おそらく強いエネルギーがぶつかり合うことで空間がゆがみ、この世界と繋がってしまうのだろう。私もそれを利用させてもらったということだ」
アシュリーの予想はやはり当たっていた。
アシュリーとの戦闘、ナタリーの転移、そしてアズベルトの行方不明。
これら3つに共通していたのはすべてイーヴルが関与していたということだ。
昨日の先頭を見て明らかだった通り、彼女はとてつもない力を持っていた。
それこそ、空間をゆがませられるほどには。
だから、外部の人間であるアシュリーの父親もここにたどり着くことができた。
そういえば、とふと気になった。
それはナタリーも同じだったようだ。
「イーヴルはどうなったのです? 戦闘のあと、突然姿を消してしまって……」
「問題ない。こちらで処分した。今頃おとなしく牢獄の中だろう」
果たしてあんな化け物が牢獄に収まるのだろうかとはなはだ疑問だが、大丈夫なのだろう。
しかし今の空気は大丈夫ではない。
彼女たちの父親は、アシュリーたちに向かって冷酷ともいえることを告げた。
「今後、イーヴルのような人間が我々の世界からこちらの世界にやってこないとは限らない。だから私は、こちらの世界と向こうの世界を完全に遮断することにした。これ以上こんなことが起きないように。だからお前たち、元の世界への帰還を命令する」
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