第78話「告白」

「ふうん、異世界から来た王女様、ねえ」


 矢野はリビングの椅子に座って足を組みながら、ソファで横たわっているアシュリーを眺める。

 アシュリーは安らかな顔をして眠っていた。

 そんな彼女の手を握り、ナタリーは治癒魔法を施す。


「信じられないかもしれないけれど──」

「いや、信じるよ。あんなの見せられたら。それに今信じざるを得ない状況を見てるわけだし」


 つまらなさそうに矢野は口を尖らせる。

 足をぶらぶらと揺らし、瀧本の足にコツコツとぶつける。


「なんで言ってくれなかったの」

「君を巻き込みたくなかった」

「別にそのくらいなら巻き込んでくれていいから」


 はあ、と溜息をつき、矢野はベランダに出る。

 空はまだ煙がかかっていた。

 彼女は瀧本の方をチラリと一瞥し、「こっちに来い」と言わんばかりに顎で指示を出す。


 瀧本は矢野のところに向かい、彼女の隣に立った。


「もしかして怒ってる?」

「ちょっとね。けど、もう気にしないことにした。異世界の人間とか、そんなの関係よ。アーちゃんはアーちゃんだし、おんなじ人間なんだから、今さら扱いを変えるとかできないよなーって」


 そういうドライなところも矢野らしい。

 良き友人を持った、と初めて瀧本は思った。


 空は少し暗くなっていた。

 激闘の影響で生まれた煙によってわかりづらくなっていたけれど、もうすっかり夜だ。

 そういえば何も食べてない。

 時間を気にしたせいで、ぎゅるるるる、とお腹が鳴ってしまった。


「後で何か作ってあげるよ」

「……僕も手伝う」

「いいよ、遠慮しないで」


 少し、夜景を眺めていた。

 この辺りはまだ被害が少ない。

 しかしそれでも激闘の跡は残っており、ほんの少し建物が崩壊した残骸が転がっていた。

 遠くの方に目をやれば、焦土と化した街が広がっている。


 すべてが終わった。

 けれど、またここから始めなければならない。


「なんで今なんだよって思うかもしれないけど、聞いてくれる?」


 矢野は瀧本の方を向かず、ただ前だけを見て言葉を並べた。

 瀧本も矢野の方をチラリと向いただけで、彼女と同じ方向に目線を戻した。


 返事はなかった。

 それを了承と捉えた矢野は、言葉を続ける。


「あたしね、瀧本くんのことが好きだったのかもしれない」

「ふうん…………はあ?」


 本当に「なんで今なんだよ」と彼女の言葉をそのまま返したくなる。


 今の反応でアシュリーが目を覚まさないか心配だったが、そんなことはなかった。

 ただ、ナタリーからは睨まれてしまったけれど。


 今度は視線を矢野の方に向け、彼女の言葉に耳を傾けた。」


「まあ、そのことに気づいたのはホントに最近なんだけどね。瀧本くんとはすごく気兼ねなく話せてたから、いつの間にか瀧本くんのことを特別視してたんだと思う」

「特別……」

「うん。けど、君にとっての特別は、きっとあたしなんかじゃないでしょ?」


 横からは矢野の顔は見えなかった。

 笑っているのか、泣いているのか、隣で見ているだけだとわからない。


 しかし、矢野の言っていることは的を射ていた。

 瀧本にとっての特別。

 それは、他ならない、彼女。


「……そうだね。だから君の気持には答えられない。ごめん」

「知ってたよ。見てればわかる」


 矢野はまた瀧本とは反対方向に向いた。

 これで本当に彼女がどんな反応をしているのかますますわからなくなった。


 くるりと振り返った矢野は、瀧本に顔を見せることなく、部屋の中に入っていった。


「だから絶対、あの子のことを幸せにしてあげてね。じゃないと、許さないから」

「……ああ」


 少しだけ矢野の声が涙ぐんでいるように見えた。

 矢野はキッチンに向かい、冷蔵庫の中を物色する。

 しかしめぼしい食材が見つからなかったようで、げんなりとした表情を瀧本に向けた。

 いつもの彼女だ。


「ねえ、全然食材がないんだけど」

「仕方ないだろ。買い出しの途中で襲われたんだから。今頃食材は塵になっているだろうよ。それに今思えば、多分ライフラインは全部使えないよ。さっきの戦いでいろいろ止まっちゃったから」

「その絶妙に返しづらいボケはやめてくれる?」


 そう言って矢野は水道の蛇口を捻ったが、水は出なかった。

 そういえば部屋は明るいけれど、電気はついていない。

 パチン、とリビングの明かりをつけたけれど、電灯はつかなかった。

 照明は現在アズベルトの宝石のみが頼りだ。


「冷蔵庫の中のものもほぼ全部アウトだろうな。牛乳とか」

「これ、本当に大丈夫なの?」

「さあ。こればっかりは行政が頑張るしかないよ。多分僕らもスタッフとして駆り出されるんじゃないかな」

「うげえ」


 明らかに嫌そうな顔を矢野は浮かべた。

 だがここしばらくは街の復興が大きな目標となりそうだ。

 元の街に戻るまで最低でも1年はかかるだろうか。


「でも、アーちゃんがいてくれなかったらあたしたちは生きていないかもしれないし、感謝しないとね」

「そうだな。ありがとう、アシュリー」


 2人はすやすやと眠っているアシュリーに声をかけた。

 当然だが、彼女からの返事はない。


 同時に瀧本の中にも一つの選択肢が生まれた。

 それは彼女とのこの先の未来を決める、大事な選択肢。

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