第71話「激闘」
時間は少し前まで遡る。
自室を飛び出し、アシュリーは街の現状を確認する。
まるで地獄のようだった。
逃げ惑う人々、傷を負う人々。
火の勢いは留まることを知らず、
次々に建物は崩落していく。
「待っていてください……必ず決着をつけます、イーヴル」
アシュリーは住宅の屋根伝いに走った。
街を守るため、爽太との約束を守るため、自分が向こうに置いてきた決着をつけるために。
負けるかもしれないということはアシュリー自身承知していた。
それでも、勝率よりも正義感が勝り、気が付けば身体はイーヴルの元に向かっていた。
「あー、やっときた。遅いよぉ。探したんだよぉ? おかげで100人くらい死んだかな?」
アシュリーが現場に駆け付けた時、イーヴルは上空でニタッと笑った。
その笑みにアシュリーは不気味さを感じたが、決して怯みはしなかった。
「決着をつけましょう。これ以上この街で好き勝手させません!」
「へぇ、やってみなよ。どうせあんたはあたしに殺されるんだから」
イーヴルはそう言い放つと、両手から火炎弾を生み出し、アシュリーに投げつけた。
アシュリーはこれを右手で消し飛ばす。
しかし、火炎弾は次から次へと繰り出され、アシュリーの行動を牽制した。
「ほらほら、守ってるだけじゃなくてちゃんと攻めなよ! 全然楽しくないんだけど!」
「くっ……」
そう挑発されるが、連続で来る攻撃を凌ぐのに精一杯で、攻撃を繰り出す暇も与えてくれない。
これ以上街に被害が及ぶのは嫌だ。
だが、攻めなければ勝てない。
「もしかしてさ、街を守ろう、とかそんなこと思ってる? あはははは、無理だよ。そんな甘いこと考えてちゃ。どうせみんなあたしに殺されちゃうんだから、思いっきりしようよ」
「誰も殺させません! 誰が貴様などに殺させるものですか……」
「でもさ、もう既に何人か死んでるよね」
挑発的にイーヴルは笑う。
アシュリーの目の先に、屍になっている人影が見えた。
黒焦げになっていて、男か女かも判別がつかない。
怒りがふつふつと湧き上がる。
どうしてこんなことをして、笑っていられるのか。
しかしここで感情的になっても、かえって不利になるだけだ。
ふう、と呼吸を整え、冷静さを保つ。
「もう、誰も死なせない!」
アシュリーは足に力を入れ、脚力でイーヴルの待ち構える空中へ突入した。
「いいねぇ、その目。その顔。最ッ高!」
イーヴルは完全に戦闘を楽しんでいた。
空中浮遊ができないアシュリーを、イーヴルはどんどん追い詰める。
重く沈むような蹴りに拳。
アシュリーも必死に抵抗するが、防戦一方だ。
「ほらぁ!」
「うぐっ」
重たい拳がアシュリーの腹部に見事にクリーンヒットした。
アシュリーが地面にめり込む。
しばらく動けなかったが、よろよろと立ち上がる。
「ねえ、もしかして弱くなった?」
「かもしれませんね。長らく戦場から離れた平和な生活を送ってきましたから」
アシュリーはワンピースをビリビリとちぎり、スカート丈を短くした。
靴も脱ぎ、素足の状態で彼女は構えを取る。
「ふぅん。じゃああたしが連れ戻してあげる」
イーヴルは高速でアシュリーに迫る。
アシュリーも身構え、右手を硬質化させた。
昔爽太に見せた、あの忌々しい腕だ。
アシュリーとイーヴルの拳がぶつかる。
火花が散り、衝撃波も生まれた。
「やっぱそれだよねー。遂に本気モード?」
「貴方をここで倒します」
アシュリーはイーヴルを睨んだ。
爽太やナタリーにも見せていない鋭い眼光だった。
しかしイーヴルはそれに臆することなく、むしろ闘志を燃やしていた。
「やっぱりあたしを楽しませてくれるのはアシュリーしかいないよ」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、イーヴルは拳を振りかざす。
でたらめで構えも何もなっていない格闘スタイル。
しかし一撃は間違いなく重たく、その荒々しさが彼女の強さを象徴している。
しばらくアシュリーとイーヴルの肉弾戦が続いた。
互角に渡り合っているが、イーヴルの方が一枚上手だ。
アシュリーより僅かに素早く、アシュリーより僅かに重い一撃。
この僅かな差が積み重なり、アシュリーに襲いかかる。
長らく戦いから離れていたアシュリーにとって、久々の戦闘、それもかなりの強敵との戦いに、体力がみるみる消耗していった。
ものの5分ではあ、はあ、と激しい息切れを起こす。
「運動不足が祟りました。次からはランニングや筋トレを日課に入れましょうか」
しかし、冗談を挟む余裕はまだほんの少し残っていた。
「まだまだ楽しもうよぉ。せっかく久しぶりに会ったんだからさあ!」
イーヴルのストレートがアシュリーの腹に響いた。
どの攻撃よりも重く、アシュリーは数メートル飛ばされた。
やはり、強い。
それでもアシュリーは拳を構える。
戦わなければならないという義務感があった。
勝たなければならないという責任感があった。
「もう終わり? 興覚め。弱くなったね」
イーヴルは詰まらなさそうに呟き、アシュリーの目の前で火炎弾を放とうとした。
その瞬間、周りに結界のようなものが作られていく。
こんな芸当ができるのは、この世界ではたった1人しか知らない。
「アズベルト……」
アシュリーの視線の先には、地面に魔方陣を描くアズベルトがいた。
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