第72話「アシュリーの覚醒」
「助太刀に来たぜ」
「アズベルト……」
ニッと笑みを浮かべるアズベルトに、アシュリーはほっと胸を撫でおろす。
彼は、自身から生み出した宝石の結界の中に、アシュリーとイーヴル、そしてガーネットを閉じ込めた。
「ガーネットさん、あなたも戦えるのですか?」
「あなたほどではありませんが、微力ながら手助けさせていただきます」
自信ある笑みを浮かべ、ガーネットは臨戦態勢に入る。
彼女の実力がいかほどのものなのかはわからないけれど、構えだけを見ると相当の手練れのように見えた。
これで援護も含めて3対1。
わずかだが、勝機が見えた。
それに、アズベルトが結界を張ってくれているおかげで何も気にせず思う存分戦うことができる。
しかしイーヴルは臆することなく、むしろ興奮を覚えていた。
「増援かぁ! いいねぇ。でも勝てないよ? みーんなあたしに殺されるの。残念だったね」
「いいえ、必ず私たちがあなたを倒します!」
アシュリーとガーネットは同時に飛んだ。
初めてとは思えないくらい息の合ったコンビネーションだ。
しかしイーヴルは2人が繰り出す攻撃をひらりとかわす。
にやりと笑みを浮かべ、アシュリーとガーネットを蹴散らした。
すると、別の場所から謎の光がイーヴルに襲いかかった。
発生源はアシュリーでもガーネットでもない。
「増援だ!」
アズベルトが叫ぶ。
彼の周りから、無数の人形がイーヴルめがけて攻撃していた。
しかし彼女にとって、この攻撃なんて蚊に刺されたような感覚に近いのだろう。
「効かないよ、そんなの」
たったひと振りで、イーヴルは人形たちを薙ぎ払う。
その煙から、今度は普通の人間と同じサイズの人形がイーヴルに向かった。
「へえ、面白いじゃん。でも弱い」
休む間もなく人形軍団はイーヴルを仕留めようと攻撃を繰り返す。
しかし彼女は難なく全員を返り討ちにしてしまった。
全員で10体はいただろう。
「ねえ、次はどんな面白いものを見せてくれるの?」
まだイーヴルには笑みを浮かべる余裕がある。
息も切れていない。
まるで無邪気な子供のように、この戦いを楽しんでいた。
対してアシュリーはハアハアと息を切らしている。
ガーネットもまた同じだった。
結界を作っているアズベルトも、顔に限界の色が見える。
「……絶対に負けません。私は帰るんです。爽太さんの待つあの家へ」
「ふうん。じゃあ、ちょっと本気出そうかな」
イーヴルはそう言うと、身体中に邪悪な覇気を纏わりつかせた。
力がどんどん強くなっていっているのが、ひしひしと肌で伝わってくる。
ぐん、とイーヴルの両腕がぐんぐんと太くなり、遂には獣のように変わり果ててしまった。
うわあ、と若干引いた反応をするガーネットだったが、しかしこれらの変化に、アシュリーは何の驚きも見せない。
元の世界で一戦交えた際、アシュリーは何度もイーヴルのその姿を見た。
そして、撤退を余儀なくされた。
「私も、全力を出します」
アシュリーも同じように覇気を生み出した。
右腕の硬化部分の面積がどんどん広がっていき、顔の右半分が黒く染まった。
その片顔は人間の頃の彼女の面影はあるものの、似て非なるものの印象を与えた。
「アシュリー……」
「アズベルトにはまだこの姿を見せていませんでしたね。私もここまで力を開放したことはないんです。もしかしたら、力に飲み込まれてこ私は私でなくなるかもしれません」
驚嘆するアズベルトに、アシュリーは優しく微笑んだ。
そしてキリっとした表情を浮かべ、アシュリーはイーヴルに立ち向かう。
先ほどよりも動きが格段に素早くなり、拳も重くなる。
もはやガーネットのサポートすら足手まといになってしまうくらいに。
「アシュリーさん、援護します」
「邪魔しないで」
冷たい返事だった。
いつものアシュリーではないと察知したガーネットは、その変わりように何も言い返せなかった。
自分でなくなる、という言葉の意味を、アズベルトもガーネットも理解した。
「アシュリー、お前……」
アズベルトの心配も気に留めず、アシュリーはイーヴルと戦う。
何かが吹っ切れたように、躊躇なく彼女を襲う。
殴り、蹴り、光線を放ち、それでもイーヴルは倒れない。
互角の激しい戦いが繰り広げられていた。
完全に戦力外と化したガーネットは、これまた蚊帳の外となってしまったアズベルトのところに駆け寄る。
「もう、俺たちがついて行けるレベルじゃねえな……」
「私、不安です。ひょっとしたら、アシュリーさん、元に戻れないかもしれないんじゃ。ひょっとしたらイーヴルを倒して、また新たな別の脅威になるんじゃないかと」
「……信じよう、アシュリーのことを」
目の前で起きている激闘を目で追うことはできなかった。
アシュリーが何を繰り出すのか、イーヴルがどんな攻撃を放つのか、早すぎてわからない。
しかし火花は散り、激しい激闘が繰り広げられていることはわかる。
ただ見守ることしかできなかった。
援護をすることすら難しい。
それくらい、アシュリーたちの戦いは異次元のものとなっていた。
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