第70話「ケジメ」

 アシュリーが向かった先の光景を、瀧本は目に焼き付けていた。

 爆音とともに炎と黒煙が広がっていく。

 あそこは、町おこしのためにいろんなイベントをやっていた広場だ。

 そこから少し離れたところには公園があって、その近くの川は花見のスポットとして隠れた名所になっていて……。


 街が、思い出が、音を立てて壊れていく。

 絶望感を味わいながら、瀧本は窓の外を眺めていた。


「イーヴルって、強いのか?」

「強い。事実、あいつがいるだけで国が亡ぶ」


 似たようなことをどこかで聞いた。

 あの時はアシュリーが自分自身の力をそう言っていたけれど。


「お姉様と違うのは、奴はその力を本気で躊躇なく振りかざすところだ。殺戮と破壊が奴の快楽でな、敵味方問わず容赦なく殺していく、邪悪そのものだ」

「邪悪……」


 彼女の邪悪ぶりは邂逅の時点で十分わかってたけれど、国を亡ぼせる力というのはいまひとつピンとこない。

 が、振り返ってみれば、圧倒的な力を持っていることは瀧本も身をもって知っている。

 それに、通常攻撃でナタリーを異世界送りにしたのだ。

 国を亡ぼせる、と言われても少々納得できてしまう。


 それくらい、相手は強いのだろう。


「元々敵国の切り札で、過去に何度もお姉様はイーヴルと対戦してきた。が、いずれも互角。ただ、どうにも向こうが優勢で、むしろむこうにはまだ余裕があるようだったな」


 ますます絶望感が増してくる。

 想像できるだろうか? アシュリーがいない日常を、地獄になったこの街の光景を……。


「止めるべきだったかな」

「いや、おそらく何を言っても聞かなかっただろう」

「そうだな。僕もそう思う」


 とはいえ、何もできないのは歯がゆいばかりだ。

 何か彼女の力になってあげたいけれど、やはり一般人である瀧本には何もできない。


 遠くの方から激しい轟音が鳴り響いた。

 炎と煙はさらに激しくなっていく。

 あの場所でアシュリーは戦っているのだろう。


 いてもたってもいられなくなった。

 自然と足は玄関に向かっていた。


「どこへ行くつもりだ」

「アシュリーのところへ」

「許可できん。貴様が戦場に行っても何の役にも立たん。足手まといだ」

「足手まとい、か」


 そんなことはわかっている。

 わかっているんだ。

 だとしても。


「それでも、僕はアシュリーのために何かしてあげたい」

「さっきも言っただろ。貴様ができることは何も──」

「一生に一度のお願いだ。頼む、僕をアシュリーのところへ連れて行ってくれ」


 瀧本は頭を下げた。

 それを見たナタリーは、動揺するが、やはり首を横に振る。


「貴様が何と言おうが、私は貴様を戦場に連れていくわけにはいかん」

「それでも、見守りたいんだ。アシュリーを」

「しつこい! もし貴様が死んでしまったら、私は、もう二度とお姉様に顔向けできなくなる……」


 ナタリーは声を荒げた。

 荒げて、言葉の尾が弱弱しくなっていく。


 彼女は、瀧本の胸元を何度も何度も叩く。

 そんな彼女を宥めるように、瀧本はナタリーの頭を優しく撫でた。


「お姉様にとって、貴様はとても大切な、命に代えても守りたい人なのだ。もし貴様が死んでしまったら、お姉様はきっと、生きる理由を失くしてしまう」

「それは僕もだ。死ぬときは一緒がいい」

「まさか貴様、お姉様と心中するつもりで──」


 そんなわけないだろ、と瀧本はナタリーを軽くあしらう。


「元々この世界は僕たちが守らなきゃならないんだ。ただ黙ってみているだけなんてできないよ。まあ、何かができるってわけじゃないけど、僕には見ていることしかできないから……なら、今できることを精一杯やりたい。そう考えたら、僕にはアシュリーを応援するしかないなって」

「貴様……お姉様に怒られても知らんぞ」


 ナタリーは頭を抱えていたが、瀧本を抱え、いつぞやのアシュリーと同じように窓を開けて空を舞う。

 二度目ともなるともうこの感覚も慣れてしまった。


「ひどいな……」

「本場はこんなものではないぞ」


 戦場に近づくにつれて、炎の熱、黒煙の匂いなどが鮮明に感覚として伝わってくる。

 瓦礫の街……粉々になった看板の中には、見慣れたものまで存在していた。


 本当に日常が壊れて行っている。

 あの穏やかな日々が、音を立てて、失くなっていく。

 この街の様子を見るだけで、涙が出そうになっていった。


 何もできない自分だからこそ、何かやれることはあるのではないか。

 そう思って外に飛び出してみたけれど、この惨状を見る限り、そんなものはなさそうだ。

 ここにきて初めて自分の無力さを痛感する。


「泣いている暇はないぞ。お姉様の力になりたいんだろ?」

「……ああ。こんなところで心折れてちゃ駄目だよな」


 自分を奮起させるように言葉を発する。

 何のために無茶を承知でやってきたんだ。

 この現実に絶望するためか?

 違う。

 アシュリーの力になるためだ。


「とにかく、お姉様たちと合流したら、貴様はどこかに隠れていろ。今の貴様では足手まといだからな」

「君はどうするの?」

「援護でお姉様の回復に努める。意識が向けば貴様のフォローにも回れると思うが……自分の身は自分で守ることを心掛けてくれ」

「もちろんだ」


 遠目だが、アシュリーが戦っているのが確認できた。

 街はすっかり炎と化していて、平和なんてどこにもなかった。

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