第67話「家族」
鍋をつつき終えた瀧本たちは、適当に店内を物色する。
今日は店がお休みだから、気兼ねなく散策できる。
「そういえば、今日はお店はお休みでしたけれど、どうしてお店のドアは開いていたのでしょう?」
「ああ、アシュリーたちが来ると思って、開けておいた。どうせこの店は人気ないからな、看板もしてあるし、わざわざやってくる奴なんていねえよ」
「ちょっとー、アズくんそれは失礼じゃない?」
アズベルトの言葉に、恵子が頬を膨らませながらパンケーキを持ってくる。
翔もパンケーキをアシュリーたちのところまで運んできた。
「翔くんもパンケーキ焼いてくれたの?」
「まさか。俺がやったら黒焦げになりますよ」
矢野と翔はすっかり打ち解け合っていた。
ファーストコンタクトの時点からこの2人はかなり相性が良かったから、良き友人となったのだろう。
矢野のいたずらな部分を翔引き継いでいなければいいのだけれど。
「それでアシュリーちゃん、自分に合いそうな仕事は見つかった?」
恵子の問いに、アシュリーは首を横に振る。
「今は、あの家を守っていきたいです。あの家は私にとって、爽太さんやナタリーにとっての大事な居場所ですから」
「そっか。ちょっと素敵だな、そういう風に思えるの。うん、素敵だ」
自分で作ったパンケーキに舌鼓を打ちながら、恵子はアシュリーの言葉に相槌を打つ。
矢野もアシュリーの話に賛同していた。
これで彼女もしばらくは心穏やかに過ごせそうだ。
「今日はありがとうございました。急なお願いにも関わらず、快く引き受けてくれるなんて」
「いいのいいの。めでたい日なんだから、賑やかなのが一番よ」
「そうそう! せっかくならお酒も酌み交わしたい気分だね」
なぜかアシュリーと恵子の会話にちょくちょく矢野が絡んでくる。
それをそこまで気にも留めないアシュリーたちもどうかと思うけれど、瀧本は何も言わないことにした。
ナタリーの方はというと、ガーネットと一緒にガールズトークに花を咲かせていた。
何を話しているのかわからないが、ナタリーが赤面しているところを察するに、コイバナでもしているのではないだろうか。
瀧本のところに、アズベルトと翔がやってくる。
「どうだい、調子は」
「ぼちぼちだよ。そっちこそ仕事は順調なの?」
「まあな。翔と一緒に元気にやってるよ」
「俺を巻き込むな。ただ事務作業の手伝いをやってるだけだ」
口ではそう言っているけれど、どこか嬉しそうだ。
アズベルトもなんだか弟を可愛がるかのように「そうかそうか」と翔の背中をバシンバシンと叩く。
「僕にも兄弟がいたら、こんな感じなのかな」
「どっちかというと、瀧本は弟だと思う。しっかりしてるから」
「しっかりしてるなら兄じゃないですか?」
意見が食い違った。
別にどちらになろうが構わないのだけれど。
翔の言葉にアズベルトはやけに納得したような表情を見せる。
「そっか。アシュリーとナタリーがいるもんな。それならお前、兄貴分みたいなもんだな」
「どういうこと?」
「いや、アシュリーもナタリーも、妹みたいなもんだろ?」
アズベルトはアシュリーの方を見た。
彼にとってはそうなのかもしれない。
けれど、瀧本は、アシュリーのことを「妹」と呼ぶことに少し抵抗を覚えていた。
年齢は瀧本の方が上だ。
だけど包容力や人間性、もちろん生活力はアシュリーの方がはるかに高い。
年下だけど、彼女の方がよっぽど人間として完成されている。
ナタリーはまだ幼さが残る部分があるから納得はできるけれど、アシュリーのことを妹とはあまり呼べない。
ならば姉なのか、と問われたら、それもそれで違和感がある。
おこがましいけれど、隣に並び立っている関係でありたい。
姉だとか妹だとか、そういう続柄なんて関係なく。
「爽太さんにとって、アシュリーさんは……」
「あーなるほど、そういうこと」
何かを察したかのように、2人はにやりと顔を見合わせ、瀧本に顔をやる。
瀧本は彼らから視線を外す。
少し頬が火照っていた。
その後瀧本たちは恵子の店を後にし、自宅の最寄り駅で矢野たちと解散した。
その帰り道、アシュリーはなぜかふふん、と鼻を鳴らしながら瀧本にすり寄る。
「私に、甘えていいんですよ? 私、お姉さんですから」
「……聞いてたのか」
「あんな話、聞くなと言う方が無理がある」
アシュリーとナタリーにアズベルトたちとの会話を聞かれていたことを知り、また顔を赤くした。
特に変なことは言っていないつもりだ。
アズベルトが変な風に絡んできただけで。
「僕は君を姉だとか妹だとか、そういう風には思ってないよ」
「なら、なんなんです?」
「それは、えっと……」
ふふん、と得意げにアシュリーは瀧本の顔を覗き込む。
彼女を直視できずに、瀧本は目線を逸らした。
そういえば、お開きになる前、瀧本自身も変なことを口走ってしまった気がする。
アシュリーたちと家族になりたい。
絆ということではなく、正式な、家族になりたい、と。
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