第65話「正月」

 その後瀧本たちは、7時前に家に戻る。

 当然アシュリーの人間離れした身体能力に頼った。

 改めて、彼女は普通の人間ではないのだなと瀧本は認識した。


 家ではナタリーがふてくされた顔をして待っていた。

 開いたままの窓の億に、ナタリーが仁王立ちして苛立った笑みを浮かべている。


「お姉様、こんな朝早くから瀧本とどこを出歩いていたのですか?」


 ドスの効いた声だった。

 今まで聞いたナタリーの声の何倍も怖い。

 おそらくかろうじて理性を保っているのだろう。


「………………ごめんなさいナタリー。爽太さんと少し初日の出を見に行ってたんです」

「どうして私を誘わなかったんですか! お姉様だけずるいです! あと、あまり派手なことはしないでください!」

「すみません……」


 しゅん、とアシュリーは肩をすぼめる。

 ナタリーはため息をつき、空きっぱなしだった窓を閉めた。


「とても寒かったです」

「面目ありません」

「夏場なら虫が入っているところですよ」

「ごもっともです」


 なんだかこんなに言われているアシュリーを見るのは新鮮だ。

 隣で眺めていると、どうにも笑いがこみ上げてくる。

 最初は我慢できていたけれど、次第に抑えきれなくなり、とうとう吹き出してしまった。


「爽太さん! どうして笑うんですか!」

「ごめんごめん、こんなに怒られてるアシュリーを見るのなんてそうそうないから、つい」

「つい、じゃないです!」


 むう、と彼女は頬を膨らませる。

 正月ということもあり、まるで餅が膨らんでいるようだ。


「朝ごはんにしようか。アシュリー、この日のために頑張って作ったんでしょ? 楽しみだなあ」

「任せてください! お雑煮も気合を入れて作りました」


 既にテーブルの上にはおせち料理やお雑煮が豪華に並べられていた。

 鯛もお皿に乗るか心配になるくらい大きく、いったいどこで揃えたんだろうと少し疑問に思う。


「いただきます」


 3人の声が揃った。

 新年最初の料理でこんなにも息ぴったりだったから、不思議とそれがとてもおかしくなって、瀧本たちは笑った。


 おせち料理はとても美味だった。

  黒豆はとろけるような触感と甘さで、海老もプルンとして美味しかった。

 数の子には抵抗があったが、すんなりと食べることが出来た。

 初めて作ったにしては一級品過ぎる出来栄えだ。


「そういえば、爽太さんはご実家の方に帰られないんですか?」

「あ…………」


 かまぼこが瀧本の箸から滑り落ちる。

 そういえばそんな予定はない。

 実家を出てから、帰ってくることは数えるほどしかなかった。

 でも瀧本自身、今更帰ることもないかと思っていたりする。

 そんなに親と仲が悪いわけでもないし、会おうと思えば会える。


 けどそれは、会いたくても会えない彼女たちからすれば、失礼極まりないのではないだろうか。

 家族といれる時間は家族と過ごした方が良いのではないだろうか。


「……来年は帰るよ。その時は、アシュリーもナタリーもついて来てくれる?」

「はい。爽太さんがいるのなら、どこへでも」

「私も! ……お姉様のいるところには私もいますから」

「ははは。じゃあ今年のお盆にみんなで行こうか」


 まだ1月だというのに、もう8月の予定が出来上がってしまった。

 本当にこれで良いんだろうか、と首を傾げる。


 このまま、何もないまま、平和な関係も続いていけばいいと瀧本は思う。

 何事もなく平穏無事に、3人で穏やかに暮らしたい。

 喧嘩してもすぐに仲直りできるような、そんな関係を築きたい。

 少なくとも、彼女たちが向こうの世界に帰るまでは。


 それが今年の抱負だ。


「それよりも、今日は初詣に行くんだろ? なんでか知らないけど矢野も一緒にいるらしいし」

「はい。振袖、とても楽しみです」


 今回矢野と連絡したのはアシュリーだった。

 アズベルトたちにも連絡はしたそうなのだが、向こうで初詣に行くらしい。

 わざわざ県をまたいで来るのも申し訳ないし、それならそれで仕方ないと割り切ってしまう。


 瀧本はお雑煮に手を出した。

 出汁の効いた味噌汁にお餅がよく合う。


 アシュリーをもってしても、おせち料理をすべて食べきることはできなかった。

 しかし少しセーブしているようで、アシュリー曰く「明日の朝食にもなりますので」とのことらしい。


 外に出たら、案の定肌寒さが襲い掛かってきた。

 ブルブルと身体を震わせながら、待ち合わせ場所へと向かう。

 矢野の提案で、レンタルショップで振袖に着替えてから初詣に行くらしい。


 レンタルショップでは、先に矢野が到着していた。


「よっす。あけましておめでとう」

「あけましておめでとうございます。今年もよい一年に──」

「ああ、そういうのいいから。ほら、さっさと支度しよ?」


 矢野はアシュリーの手を引っ張り、試着室の中へと消えていった。

 相変わらず矢野は矢野のままだ。


「ナタリーは着替えなくていいのか?」

「お姉さまがちゃんと出てくるのを確認したらな」

「そうかい」


 待つこと十数分、試着室から白を基調とした振袖を着たアシュリーがやってきた。

 洋の顔立ちに和の服装はアンバランスだが似合っていた。


 矢野も黄色の晴れ着を身にまとっているせいで、いつもよりも数段美しく見えた。


「矢野って着付けできるんだな」

「覚えたんだよ、成人式の時に」


 彼女は白い歯を見せて笑った。

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