第64話「初日の出」
「あけましておめでとうございます」
年が明けた。
どこからかゴーンと除夜の鐘の音が聞こえてくる。
大晦日はアシュリーとナタリーと3人で、こたつで暖を取りながら、テレビで放映されているゆく年くる年を眺めていた。
いろんなことがあったなあとしみじみ振り返るうちに、あっという間に年を越してしまった。
「あけましておめでとう、アシュリー、ナタリー」
瀧本は2人に新年の挨拶をした。
2人ともいつも以上にニコニコと満面の笑みを浮かべていて、それが少し気色悪い。
アシュリーはともかく、ナタリーまで瀧本に笑みを浮かべて、違和感を覚える。
しかし心当たりはあった。
「ところで爽太さん、この国には『おとしだま』という文化があるそうですが」
やはりそうか、と滝本は落胆する。
社会人になりたての頃は将来親戚に子供ができたらあげるのだろうか、となんとなく漠然としたイメージを抱いていたのだが、まさかそれがこんなにも早く現実になるなんて思いもしなかった。
瀧本は鞄から2つのポチ袋を取り出す。
「……いる?」
「はい」
「ああ」
2人とも即答だった。
最近2人ともほんの少しわがままになった気がするが、それだけこの世界に馴染んだということだろうか。
だったら、嬉しい気もするけれど、お財布事情も考えるとちょっと複雑だ。
「しょうがないな。ほら。今年もよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
溜息をつきながらも、瀧本は2人にお年玉をあげた。
なんだか、二人を買収しているような感じがしていたたまれない。
とはいえ個人間の金銭のやり取りはあれど家庭で見たら別に何も移動はしていないため、なんだか社交辞令の一種にも思えた。
一通りの儀式が済んだら、急に眠気が襲ってきた。
普段は日付越えで寝ることなんて珍しくないのに、ここ最近はアシュリーが早く寝ろと急かすので、それに従って早めに寝ている。
久しぶりに夜更かしすると、体力もそこそこ使用するそうだ。
「もう寝ましょうか。朝になれば、初詣にも行きますから」
「そうですね。お姉様のおっしゃる通りです」
「うん。寝よう。もう眠くて眠くて」
一旦瀧本たちは眠りにつくことにした。
朝になれば、アシュリー特製のおせち料理が待っている。
それまでは、しばし夢の中だ。
「おやすみなさい」
自分の部屋に戻り、布団の中に潜る。
布団の温かさも助力してくれたおかげで、見る見るうちに夢の世界へと入っていった。
「……さん。爽太さん。起きてください」
アシュリーの声と揺さぶりで、瀧本はおぼろながら目を覚ました。
時計を確認したが、まだ6時前だ。
こんな早くに起きることなどそうそうない。
「……どうしたの。まだ朝ご飯じゃないでしょ?」
「そうですけど、ちょっと付き合ってほしいんです」
アシュリーは俺の耳元で囁く。
そんな甘い声で言われたら、承諾せざるを得ない。
「ちょっと待って。すぐに着替える」
瀧本はすぐさま彼女を部屋から追い出し、クローゼットから服を取り出す。
それにしても、早朝にわざわざ起こすようなことなど、あっただろうか。
「お待たせ」
部屋から出ると、アシュリーは律儀に待ってくれていた。
コートを羽織った彼女は、ふふ、と穏やかな笑みを浮かべる。
「行きましょうか」
「でも、どこに」
「それは……お楽しみです」
アシュリーは言葉を濁らせた。
何が待っているのか、不安だ。
ベランダに向かい、カーテンを開ける。
冬のこの時間帯、案の定外は真っ暗だった。
こんな中どこへ行くのだろう。
「爽太さん、ちょっと掴んでいてくださいね」
「え?」
疑問を言葉にする暇もなく、アシュリーは急に瀧本の抱える。
お姫様抱っこだ。
立場は完全に逆になっているけれど。
「離さないでください!」
彼女は窓を開け、外に飛び出すと思いっきりジャンプした。
飛んでる。
瀧本は今、アシュリーと飛んでいる。
ものすごい速さで空を駆け抜ける。
離すな、と言われても、離そうとする心の隙さえ与えてくれない。
それなのに、人体にかかるGだとか、そんなものは一切感じなかった。
「どこに向かってるの!」
「展望台です。私を、私だと認めてくれたあの場所まで。少し間に合わないので、飛ばしますね」
その言葉で目的地が分かった。
アシュリーが異形の姿になったあの場所だ。
彼女は屋根を次々に蹴り上げ、目的地に向かっていく。
他人に見られたりしたら大変だろう、と心配していたけれど、なんだか妙に楽しい気分になっていった。
展望台までやってきた。
誰も人がいなくてほっと瀧本は胸を撫でおろす。
夜明け前だからさすがに寒い。
上着も長年愛用しているものだから、生地も薄くなり、防寒性能はなくなっていた。
この機会に新しいものに買い替えてもいいのかもしれない。
「そろそろですよ」
再度眠気に襲われそうになっていた瀧本をアシュリーが助けた。
その声につられるように、彼は展望台からの景色に目を奪われる。
漆黒の中から僅かに顔を見せる茜色の光。
初日の出だ。
「2人でこれを見たかったんです。誰にも邪魔されず、2人で。良かった。誰も来なくて」
隣で照れ笑いする彼女を見て、瀧本はアシュリーを幸せにしたいと本気で思った。
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