第62話「ホームパーティ」
「ヤッホー、遊びに来たよー」
丁度料理をテーブルに並べ終えたタイミングで、矢野が家にやってきた。
やけに上機嫌なのはもう既に出来上がっているからだろうか。
「ようこそお待ちしておりました。寒かったでしょう、どうぞ入ってください」
「はいはーい。お、飾りつけも凝ってるねえ」
「あまり飲み散らかしてくれるなよ?」
「ナーちゃんはいつも厳しいねえ。わかってますって。でも、今日はクリスマスなんだからちょっとくらいいいでしょ?」
ダメだ、と瀧本は言いかけて飲み込んだ。
せっかくのクリスマスだからちょっとくらいならいいだろう、という気持ちが半分。
どうせ矢野のことだからちょっとどころでは済まないだろう、という気持ちが半分だ。
またインターホンが鳴る。
今度は長良親子とアズベルトとガーネットたちだ。
「よっ、来てやったぜ」
「皆さんお待ちしておりました。どうぞこちらへ」
4人はアシュリーに案内され、リビングへと向かう。
先に到着していた矢野は少し困惑の表情を浮かべていたけれど、アシュリーが紹介した途端すぐに彼らと打ち解けた。
「矢野優子です! 瀧本くんの同僚やってます! アーちゃんやナーちゃんもあたしの大事な友達です!」
アズベルトにそう宣言するよう、矢野は大声を放つ。
そんな彼女をいなすように、恵子は「よろしくね」と柔和な笑みを浮かべた。
一応彼女たちには矢野がアシュリーの正体を知らないということを伝えてある。
「皆さん揃ったことですし、お食事にしましょう。今日は私がよりをかけて作った自信作なんです。もちろんケーキもありますからね」
アシュリーの言葉を最後まで聞かず、アズベルトはチキンにかぶりつく。
それを「行儀が悪いですよ」とガーネットが彼をたしなめる。
しかし矢野も「いーじゃん、気にしないの」と取り皿に立ったまま次々と料理を運んで行った。
いつもの部屋なのに、こうも賑やかになると、いつもの場所じゃない気分だ。
だけどこういう雰囲気もたまには悪くない。
賑やかな部屋の風景を眺めながら、ふとそんなことを考える。
「お口に合いませんでしたか?」
箸を持つ手が止まっていたので、アシュリーに声をかけられた。
「ううん、そんなことない。とても美味しい。ただ、この光景が珍しいなって眺めていただけ」
「そうですね。いつもは私と爽太さんとナタリーだけですから。ここまで賑やかだと心も落ち着きませんね」
ふふふ、と微笑みながらアシュリーは自身が作ったアクアパッツァを口にする。
料理を作っている彼女も素敵だけれど、料理を美味しそうに食べるアシュリーも素敵だ。
そこに、完全に酔っぱらった矢野が乱入してくる。
「ほーら、せっかくのクリスマスなんだからアシュリーも飲みなって。ほれ、白ワイン」
そう言うと矢野はどこからか取り出したグラスに、これまたどこからか持ってきた白ワインを注いでいく。
よく見ると以前矢野の家で飲んだ銘柄と同じものだ。
「矢野、これって」
「そ。いつもはあたしの口直し用のやつなんだけどさ。普通に飲んでも美味しいから、アシュリーにどうかなって」
アシュリーは矢野からグラスを手に取り、躊躇することなく口に運んでいく。
「……美味しい! 飲みやすいし、これなら私でも大丈夫です」
「よかったー! 口に合わないか心配だったんだよ」
ほっとした様子で、矢野はまた彼女の空きグラスにワインを注いでいく。
たとえ今は大丈夫であっても、飲みすぎには注意してほしい。
ナタリーの方はというと、ワイングラスに注がれたリンゴジュースをぐびっと飲み干していた。
お酒を飲んでいないはずなのに、頬は紅潮し、酔っ払っているように見える。
この世界ではまだ彼女は未成年だから心配で仕方がなかったけれど、彼女のすぐそばにはリンゴジュースのペットボトルが置かれているから、おそらく場の雰囲気に酔っぱらったのだろう。
テーブルに並べられていた大量の料理は、合計8人によってすべて消費された。
本当に片付くのかと最初は心配だったけれど、そんなものは杞憂に終わった。
「やっぱりうちで働かない?」
「申し訳ありません、家庭があるので」
恵子からの勧誘を、アシュリーは淡々と答える。
以前よりも自信のある口調だった。
それよりも、ここを「家庭」と言い張ったことに瀧本は驚く。
ふうん、と恵子はニヤリと口角を上げ、今度は瀧本の方に視線を向けた。
「こんな可愛い子、放っておいたらダメよ?」
ふふ、と恵子はグラスの中のワインを飲み干し、ナタリーと矢野の談笑に混ざる。
アシュリーは彼女の言葉の真意がわからなかったみたいだが、瀧本にはちゃんと伝わっていた。
「私、可愛い、ですか?」
彼女は滝本の隣に立ち、もじもじと尋ねる。
恥ずかしいのか、体をくねらせていたけれど、それすらも可愛く思えてしまう。
「可愛いよ。間違いなく」
「爽太さんまでそんなこと言われると、こちらも照れますね、えへへ」
悪い気はしないようだ。
事実、彼女の頬は緩み切っている。
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