第61話「パーティの準備」

「ごめん、お待たせ」


 約束通り、瀧本は帰宅途中のアシュリーに追いついた。

 まだショッピングモールからそこまで離れていなかったからすぐに追いつけたものの、ここまで走ってきたからもう息も絶え絶えだ。


「だ、大丈夫ですか? どこかで休みましょうか?」

「ううん、大丈夫。それより早く帰ろう。食材の鮮度が落ちちゃう」

「そ、そうですね。そうしましょう……」


 心配そうに声をかけるアシュリーだったが、このくらいなんてことはない。

 瀧本はアシュリーが持つ袋のひもを片方持った。

 野菜や肉がぎっしり詰まっているのでとても重たい。

 

「大丈夫ですよ、私一人でも持てますから」

「いいや、手伝わせて。僕がやりたいんだ」

「ですが、爽太さんには自分の買い物の分が」

「これは僕たちの分の食材でしょ? なら、僕も持つよ」


 それ以上アシュリーは何も言わなかった。

 

「ただいまー」

「ただいま戻りました」


 家に帰ると、お帰りなさい、とナタリーが笑顔で出向迎える。

 彼女はアシュリーの腕を引っ張り、リビングへと連れ込んだ。


「見てください! 飾りつけ、頑張りました!」


 ナタリーはキラキラとした瞳を輝かせる。

 リビングを一望すると、折り紙を用いた飾りつけが部屋中のあちこちに装飾されていた。

 ホームパーティの雰囲気がぐっと上がり、気分が高揚してくる。


「素晴らしいです、ナタリー。これは私も頑張らなければなりませんね」


 血が騒ぐのか、アシュリーもニヤリと笑みを浮かべた。

 ここまでお膳立てをされたのだから、相応のものを作らねばなるまい、という使命感でも生まれているのだろう。


 早速アシュリーは買ってきた食材を冷蔵庫に入れていく。

 そしてケーキ作りに必要な材料などをテーブルの上に並べていった。


「僕も何か手伝うよ」

「私もお姉さまの力になりたいです」

「ありがとうございます。では、これを作っていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」


 そういうとアシュリーはスマホを開いて料理アプリを検索する。

 彼女の料理の腕がみるみる上がっていっているのはこういった文明の利器も多少ならず影響しているからかもしれない。


 彼女が見せてきたのは、ローストチキン、アクアパッツァ、ミネストローネ、などなど……。

 瀧本もナタリーも、料理が全くできないわけではないが、2人の料理レベルを持ってしても、料理を完成させる自信などなかった。

 ましてや、アシュリーの腕前まで持っていけるような技量など持ち合わせていない。


 アシュリーが見せてきたメニューを一通り確認した2人は、思わずしり込みしてしまった。


「これ、僕らに作れるかな」

「わからん。ただお姉さまの望みだ。やるしかないだろう」


 しかしアシュリーはふふふ、と優しい笑みを浮かべ、瀧本たちに声をかける。


「大丈夫ですよ。大体の流れは私がやっておきます。お2人は食材をカットしたり調味料を用意したりの下ごしらえをお願いします」

「なるほど、それなら私でもたやすい御用です」


 ナタリーは自信満々に宣言すると、冷蔵庫から野菜を取り出し、慣れた手つきで次々に野菜をさばいていく。

 負けじと瀧本も包丁を手にしたけれど、ナタリーのように手際はよくないし、包丁を入れた後の野菜もなんだか歪だ。


「すごいね、いつの間に練習してたの?」

「アルバイトが休みの時、お姉様に教わったのだ。最初は苦戦したが、慣れてみると案外簡単な部分もあるぞ。どうだ、貴様もお姉様に包丁さばきの手ほどき一つ教わったらいい」


 マウントを取るようにナタリーはどや顔で瀧本を見る。

 それがなんだか悔しかったけれど、事実最後にキッチンに立ったのなんて、アシュリーのために作ったおかゆとうどんを作った時くらいだ。

 彼女がやってきてからは料理はすべてお任せするようになっていたし、元々自ら進んで自炊をしよう、とはしていなかった。


「また今度、教えてよ。簡単な料理でいいから」


 瀧本はアシュリーに尋ねてみた。

 ケーキ作りに勤しむ彼女は、手を止めることなく「もちろんです」と答え、生クリームを作っていく。

 この姉妹はどこまでもハイスペックだ。


 下ごしらえをすべて済ませたと同時に、アシュリーはケーキ作りを完成させた。

 生クリームも綺麗に塗られており、まるでお店のケーキそのものだ。


 アシュリーはケーキを8等分に切り分けた。

 丁度ここにいる人数分だ。


 切り分けたまケーキを冷蔵庫の中に入れ、今度は食材を調理していく工程に移る。

 その際も瀧本たちはアシュリーの手伝いに励んだけれど、正直2人の活躍が薄れてしまうくらい、アシュリーはキッチンの上でかなり輝いていた。


「やっぱり君は料理している時が一番輝いているね。これを生かした仕事、見つけてもいいんじゃないかって思ってるんだけど」

「私も薄々それでいいかなと考えているんです。それが何かはまだ全然掴めていないんですけどね。でも、料理することは好きなので、好きなものを仕事にできたらいいなと思っています」


 そんな会話をしながら、アシュリーは次から次へと料理を完成させていった。

 テーブルの上がだんだん彩り豊かになっていく。

 赤と緑が多いラインナップだから、まさしくクリスマスに相応しい料理だろう。

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