第56話「ピクニック」
目覚まし時計のアラームで目が覚めた瀧本は、ぼやけた思考のまま、もぞもぞと布団の中で身体を動かしていた。
ハロウィンイベントから数週間が経った。
この日は休日で、絶好の行楽日和だが、働きづめだった瀧本にとって、こんな日は家でまったりゆっくりしておきたい。
しかし、アシュリーにとってはそうもいかないようだ。
瀧本の部屋をノックするやいなや、ポンポン、と彼を叩き起こす。
「爽太さん。起きてください。朝ですよ」
「あ、あと十分……」
「ダメです、朝ご飯が冷めてしまいます。ほら、起きて」
ガバァッ、とアシュリーは布団を剥がした。
一気に肌寒さが身体に襲いかかる。
もう11月だ。
最近ますます朝の冷え込みが激しくなってきて、布団から出るのが少しずつ辛くなってくる。
この冷気のおかげで、それまでぼやけていた瀧本の思考が一気に覚醒する。
「寒っ」
「早く起きないからですよ」
プンスカとアシュリーは頬を膨らませる。
怒っている様子ではあるけれど、表情が可愛いから層には見えない。
ナタリーはもう既に起きているようで、呆れた物言いで瀧本の部屋に入る。
「貴様、しっかりしないか」
「わかったから、朝ご飯にしよう」
3人はリビングに向かい、少し冷めてしまったトーストを口にする。
「早く起きないからパンが冷たくなるんですよ」
「ごめんごめん。でも、アシュリーが作ってくれたから美味しいよ」
「そんなこと言って誤魔化したって、許しませんからね」
と言いつつアシュリーは、口元を緩ませていた。
そんな彼女を呆れた様子でナタリーは咎める。
「瀧本の口車に乗せられないでください。トーストなんて私でも作れるものなんですから」
「でもこの焼き加減やバターの分量まではマネできないだろう? アシュリーが焼いてくれるトーストは全てが計算されているんだ」
「それは……そうかもしれんが」
ナタリーも瀧本に言いくるめられ、小さくトーストを齧る。
朝食を終え、各々思い思いの時間を過ごす。
しかしそれぞれこれといってすることがない。
撮り溜めた番組もないし、休日を返上してまでする仕事もない。
要するに、暇だ。
することがない。
「ピクニックに行きませんか?」
家事を終えたアシュリーは、意気揚々と瀧本とナタリーに声をかける。
瀧本にとっては室内でゆっくりしたかったのだが、こうも暇だと逆にどこかに出かけたくなる。
「その辺歩くか。適当に」
「はい。お弁当準備しておきますね」
嬉々とした様子でアシュリーはキッチンに立った。
いつもよりもはしゃいでいるようだった。
瀧本たちは近くの公園を目的地として出かけた。
太陽は照っていて暖かいが、たまに吹きつける風は肌に痛みをもたらす。
「寒いな、やっぱ」
「そうですね。少し冷えます」
アシュリーも寒いと感じるようで、身体を震わせていた。
そういえば今彼女が来ている服は春に買ったものだ。
この時期に着るのは少々薄い恰好だろう。
何か羽織るものでも持ってくれば良かったな、と少し後悔する。
「風邪ひかないでね」
「大丈夫ですよ。私、風邪ひいたことないので」
そう言った瞬間アシュリーは、クシュン、と可愛らしいくしゃみを一発やった。
自分でもおかしかったのか、アシュリーは首を傾げる。
「おかしいですね。こんなことなかったのに」
「上着、貸そうか?」
「大丈夫です。身体が丈夫なのには自信があるんですよ」
ふふん、と得意げに鼻息を鳴らすけれど、その後にもう一発くしゃみをした。
アシュリーの様子をナタリーは心配そうに眺める。
近くの公園までやってきた。
少し前、矢野を介抱したあの公園だ。
瀧本たちはベンチに座り、お弁当を広げる。
彩り豊かな料理がぎっしりと詰まっていた。
冷凍食品をほとんど使っていないのが彼女のすごいところだ。
「すごいね、ウインナーに玉子焼き、おにぎり……よくこれだけ作れたね」
「簡単に作れるものばかりですから。それよりも早く食べましょう?」
彼女に促され、瀧本たちはそれぞれ弁当の食材を口にする。
冷えていてもとても美味しかった。
特にからあげは肉感たっぷりで、これができたてならなおのこと美味しかったのに、と思ってしまう。
びゅう、と強い風が吹いた。
それと呼応するように、アシュリーはまたくしゃみをする。
「やっぱり風邪かもしれないし、これを食べたら早めに帰ろう。少し心配だ」
「そんな、気遣いなんて必要ないですよ」
「いや、心配だ。今日の夕飯は僕が作るから。ナタリーは買い出しお願いできる?」
「無論だ。私も今のお姉様にばかり家事をさせるわけにもいかないと考えていたからな」
「すみません……ご迷惑ばかりおかけして」
ううん、と瀧本は首を振った。
ナタリーもアシュリーの手を優しく握る。
「君はいつも僕たちのためにいろいろしてくれているから。たまにはゆっくり休んでほしいなって。これからも何か手伝ってほしいことがあったら手伝うから」
「私たち、家族じゃないですか」
「家族……そうですね、私たちは家族です」
アシュリーはニコッと笑い、玉子焼きを口にする。
そんな彼女の頬は、やはりいつもよりも火照っているようだった。
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