第54話「カメラ慣れ」

 イベントは大盛況だった。

 原因は言うまでもなく、アシュリーとナタリーである。

 この美女軍団のコスプレが話題になり、あれよあれよと言う間に客足が伸びていった。

 いつの間にやら写真撮影会が開催されており、ナタリーは辟易とした表情を見せつつもカメラのレンズの前に立つ。

 アシュリーの方は意外と乗り気で、いつものスマイルを浮かべながら小さく手を振っていた。


「すごいね。いつの間にかあの2人のためのイベントになっちゃった」

「だな。いいのかな、こんなことになっちゃって」

「偉い人的には『宣伝になればOK』ってスタンスだから、許されるよ、きっと。あたしもコス作った甲斐があるしね」


 へへん、と矢野は鼻の下を人差し指でさする。

 自分の作った作品が世に出るのは、クリエイターとしてはやっぱり誇らしいのだろう。


「よし、何か奢ってあげよう。何食べたい?」

「別になんでも」

「じゃあクレープね。あたし今甘いもの食べたいから」


 果たして質問の意図はあったのだろうか、と瀧本は首を傾げたけれど、本人が満足しているのならそれでいい。


 矢野は「すみませーん」と出店のクレープ店にはつらつとした声をかける。


「クレープ2つくださーい」

「クレープ2つですねー……って、瀧本くん? 久しぶりね。元気してた?」


 恵子が顔を覗かせる。

 彼女の後ろからアズベルトとガーネットも瀧本を視認するなりうきうきした様子で瀧本に近づく。


「おお、久しぶりじゃねえか。アシュリーたちは元気か?」

「元気だよ。今、すごいことになってる」

「だろうな」


 ケラケラと笑いながら、アシュリーたちの人だかりを眺める。


「まさかお店出してるとは思わなかったよ。アシュリーから君たちが来るとは聞いていたけれど」

「どうせなら出典した方が面白そうじゃんって、恵子が」


 名指しされた彼女はクレープを焼きながら、瀧本に手を振った。

 本当にこの人は、行動力というものが抜きん出ているような気がする。


 ただ一人、矢野だけは彼らの会話について行けていない。


「あのさ、瀧本くん、この人たち知り合い?」

「まあ、そんなところ」

「そうなんだ。へえ」


 詳しく話すわけにもいかないので、その説明だけで乗り切ろうとする。

 矢野はそれ以上何も尋ねず、クレープの代金を支払った。


「美味しいです」

「本業だからね。隣県でアンティークショップ兼喫茶店やってるんだけど、よかったら寄っといでよ。美味しいパンケーキもあるからさ」

「是非行かせていただきます」


 そうやり取りする矢野の言葉は社交辞令のそれだろう。

 しかしクレープが美味しいということは事実だ。

 クリームの甘さが丁度良くて、トッピングのバナナと相性がいい。


 そういえば、と瀧本はアズベルトたちの格好を見る。

 彼のコスプレはおそらくフランケンシュタインだ。

 頭に縫い目のようなギザギザとした模様が描かれている。

 しかしコスプレらしいものはそれだけで、あとは普通の格好だ。


 ガーネットの方もかなり簡易的なものになっており、猫耳のカチューシャに黒を基調とした服装という、かなり自由度の高いものとなっていた。

 元来このイベントはこういうものだった気がする、と瀧本は昔を懐かしむように彼らの格好を眺める。


「この子たちのおかげでまあまあ売り上げが良くてね。ほら、2人とも顔はいいでしょう? 今日は帰ったらごちそうだな」

「俺、肉がいい。特上の、黒毛和牛」

「私はスイーツが食べたいです!」


 ごちそう、というワードにアズベルトとガーネットがやいのやいのと反応する。

 ああそうだ、と瀧本は彼らの空気を一瞬にして思い出した。


「僕らは戻るよ。仕事も残ってるし。あと、クレープ、美味しかったです」


 瀧本は3人に挨拶をし、その場を後にする。

 矢野もぺこりと頭を下げ、瀧本の後を追いかけた


「すごい賑やかな人たちだったね」

「そう。一緒にいて疲れる。けど、とても楽しい人たち」


 そう言いながら、瀧本は自販機でミネラルウォーターを購入し、ナタリーに届ける。

 彼女は建物にもたれかかって、グロッキーな状態と化している。

 ナタリーたちから離れる際、彼女は少し疲れている様子があったけれど、まさかここまでとは思いもあ比sなかった。


「大丈夫か?」


 瀧本は声をかける。

 ナタリーはゲッソリとした顔で「問題ない」と答えた。


「問題あるだろ。ほら、水。とりあえず休みな。まあ、こういうイベントで何の対策もしなかった僕らにも問題があるから」

「気遣い感謝するよ」


 ナタリーはグイッとペットボトルの水を飲む。

 口を話した時にはもうボトルの1/3が消費されていた。


「お姉様はすごいよ。あんな格好をしても、堂々としていらっしゃる。あれこそ次期国王たる器だな」


 アシュリーは疲れた顔一つ見せることなく、様々な角度からのシャッターに応じていた。

 対応が完全に慣れている人のそれだ。

 そういう意味では、彼女は次期国王に相応しいのかもしれない。


「けど、国王様は政治とか駆け引きとかいろいろやらなきゃいけないだろうし。アシュリーは真っ直ぐすぎると僕は思うな」

「では貴様はお姉様が次期国王に相応しくないと?」

「そういう意味じゃないけど……」


 面倒臭いな、と思いながら瀧本はその場を離れ、イベント本部に戻った。

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