第53話「ハロウィンのコスプレ」

 やってきたハロウィン・フェスティバル。

 街一番の規模を誇るこのイベントは、毎年それなりの観光客で賑わう。

 春のイベントと同じくらい、いやそれ以上に、イベント会場は活気に満ち溢れていた。


 ハロウィンなだけに、皆様々な格好をしている。

 簡単にこしらえたような衣装から、手をかけて作ったコスプレまで、参加者は皆様々なキャラクターに扮していた。


 瀧本たち実行委員も例外ではなく、誰が見ても分かりやすく、そして簡易的なものを基軸とした衣装を身に着けている。

 とはいっても、瀧本の格好はもはやコスプレなのかどうなのか、疑問に思うところはあるけれど。


「爽太さん、お似合いですよ」

「ああ、滑稽だ」


 アシュリーとナタリーが瀧本を見てくすくすと笑う。

 そりゃそうだ、ジャック・オー・ランタンの被り物をしているのだから。

 前までこんなものはなかったのに、どうしてこうなった、と企画提案者に文句を言いたくなる。


「こら! そんなところで油売ってないで、マスコットっぽくすればどう?」


 魔女のコスプレをした矢野が母親のように言ってくる。

 露出度はほどほどだが、かなり凝っている。

 全て手作りらしい。


「しっかし、完成度高いな」

「昔コスプレにハマっててねー、時々疼くんだよー」


 そう言って矢野は自身のスマホの中の写真ファイルを次から次に見せていく。

 度の意匠も非常に完成度が高く、表情もそのキャラになりきったみたく決めていた。

 

 矢野が市役所勤めになってから、この仮装大会は熱を増した。

 観光客を集めることが目的だったこのイベントも、コスプレメインに変わってしまった。

 そのおかげでこの時期になると観光客が増えるのだから、本来の目的は達成しているのだけれど。


「そうだ! アーちゃんとナーちゃんの分の衣装も用意してるんだ」

「なんで」

「アーちゃんに頼まれて。アーちゃんが『コスしたい』って言うから、じゃあって」


 瀧本はアシュリーの方を見る。

 彼女はやる気満々で、キラキラと目を輝かせていた。

 対してナタリーの方はあまり乗り気ではないようだ。


「私は興味ないな。悪いがお姉様だけでやってくれ」

「そうはいかない。これもアーちゃんのリクエストなんでね」


 ガシッと矢野はナタリーの右腕を掴む。

 その反対側の腕をアシュリーはニコニコと屈託のない笑みでホールドした。


「お姉様?」

「さ、参りましょう?」


 2人は矢野を捉えたまま、そのままどこかへ行ってしまった。

 やれやれ、といった具合で瀧本も彼女たちの後を追う。

 その間周囲からの視線が痛かった。


「外していいかな」


 瀧本は被り物を外し、ジャックオランタンを抱えて更衣室前で待機する。

 やるならやっぱりちゃんとしたコスプレの方が良かった。


 攫われてから数分後、ナタリーはさっきとは全く違う姿で現れた。


「み、見るなぁ」


 いつもは鉄の仮面のごとく感情を露わにしないナタリーが、ものすごく恥ずかしそうにしている。

 こんなレアなケースはなかなかない。


 ナタリーはお化けの格好をしていた。

 お化けのコスプレ、と言うよりお化けをモチーフにした服の方が正しい。

 彼女が身に纏っていたのは死に装束でも何でもなく、ただ白い布を基調とした衣装である。

 もはやコスプレでもなんでもないが、お化けだと言われたらそうだと信じてしまいそうになる。


 ナタリーに遅れて、アシュリーも瀧本の前に姿を現す。


「……あまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいです」


 アシュリーはヴァンパイアに扮していた。

 真っ黒のマントに、オールバックにした髪型。

 目立つくらいの長い髪の毛も、真っ黒の短髪に変わっていた。


「その衣装、すごいね。髪とか、どうやったの?」

「ウィッグで止めてるんです。少し窮屈ですが、慣れてしまうと大したことありません」

「そっか……」


 いつもは女性らしい服を着ているものだから、こういう男性的な一面を見られたのはとても心臓に突き刺さるものがある。

 男である瀧本が嫉妬してしまうくらいには、彼女はとても恰好が良かった。


「どう? 2人とも。折角だからレイヤーにならない?」

「そんなつもりはない!」


 矢野の問いに食い気味になってナタリーは反論した。

 何もそこまで、と少しいじけた様子で矢野はアシュリーの方に目をやる。


「矢野さんは、どうして市役所の職員になったのですか? これほどの腕前があるのなら、服飾職人はもちろん、レイヤーにもなれたでしょうに」

「ああ、単純に仕事でする気がなかっただけだよ。どんなに好きなことでも、仕事となると必ず嫌なことに直面する。あたしは、あたしの好きなことを嫌いになりたくなかった。だから、就職をきっかけにイベントからは離れたんだ」


 とはいえ今でもたまに「どういうデザインのコスにしようか」と考える時はあるそうで、その矢先にこのイベントを任されたそうだ。


「ま、人生何が起きるかわかんないね」


 あはは、と高らかに笑いながら、魔女はどこかへ去っていった。

 瀧本もアシュリーたちと別れ、会場の見回りに向かった。

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