第4章
第52話「ハッピーアイスクリーム」
9月に入っても暑さは消えなかった。
クーラーは未だ瀧本たちの癒しだ。
「涼しいですね。外に一歩も出たくありません」
「そうだな。外は地獄だよ。歩けたもんじゃない」
夜になると少し涼しくなり、コオロギが鳴いてくれるおかげで少しはマシに思えるけれど、それでも昼間は炎天下の日々が続き、灼熱の太陽が肌や地面を焼き尽くす。
晩酌を飲みながら、瀧本は鞄から1枚のパンフレットをアシュリーに手渡した。
「そうだ。10月にイベントあるんだけど、よかったら来てよ」
「ありがとうございます。せっかくですので、アズベルトたちも誘ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんもちろん。向こうの都合が良ければだけど」
アズベルトたちの店は隣県にある。
日帰りで帰れるには十分な距離であるけれど、簡単に訪れることができるほどハードルが低いわけでもない。
が、そんな固定概念なんて彼らの前には意味を成さないようだ。
すぐにアシュリーはスマホを取り出し、誰かに電話をかける。
通話相手はわからなかったけれど、瀧本の察しはついた。
「アズベルト、来るそうです。翔さんや恵子さん、ガーネットさんも一緒に」
「すごいな、あの人たち……」
お店はいいのだろうか、と少し不安に思ってしまう。
「あの人たち、やりたいことに真っ直ぐですから。仕方ないですよ。アズベルトも似たようなところがありますし、おそらくガーネットさんも」
要するに似た者同士の集まりらしい。
朱に交われば、と言うけれど、元々朱色同士の場合はなおさら色合いが濃くなるのだろう。
リビングでスマホをいじっていたナタリーもアシュリーの元にやってくる。
彼女は顔を覗かせ、パンフレットを眺める。
「ハロウィン……一体どういう祭りなんだ?」
「ああ、これは外国のある風習に由来するイベントで……」
ナタリーに尋ねられ、瀧本はハロウィンについて説明する。
詳しくは知らないけれど、確かお日本の盆とそう変わらなかったと記憶している。
今となってはただ仮装するだけのイベントとなってしまったけれど。
「無茶苦茶だな、この国の宗教は」
「信仰の自由という素晴らしい言葉があるくらいだからね。いろんな文化のいいところを取り入れて、毎月いろんなイベントがある。お盆に、クリスマスに、初詣に……」
向こうの世界では宗教というものは厳しそうだ。
実際はわからないけれど、そういうイメージがある。
異能が当たり前の価値観なら、魔女狩りのような悲惨なことは起きてなさそうだけれど……いや、何かと理由をつけて起きているかもしれない。
「アシュリーがいた世界はさ、宗教戦争ってあった?」
「昔はあったと言われています。異教徒は迫害され、それはもう凄惨な現場だったと、歴史書に綴られてありました。今はそうですね、領土の争奪が主な発端でしょうか」
かつてよりもきっかけの程度が低くなったと感じるのは気のせいだと、瀧本は自分に言い聞かせる。
そもそもその問題は瀧本たちの世界も同じ事だ。
「どの世界も、人間って愚かだなあ」
自嘲するように、ポツリと呟く。
幸いなことに誰にも聞かれていなかったみたいで、アシュリーたちは瀧本の独り言に反応しない。
「ところで、仮装は何がいいですかね?」
「別になんでもいいよ。定番だとお化けだったり、ドラキュラだったり魔女だったりの海外妖怪になってくるけど、最近はコスプレ色が強くなってるからなあ」
とはいえ、アシュリーたちはキャラクターを模したコスプレができるほどサブカルチャーに明るくない。
やはり無難なものに仕上げてくるだろう。
いや、一周回って尖ったコスプレをする可能性も否定できない。
まともなものだったらいいな、と心の中で願いながら、瀧本は冷凍庫から取り出したアイスを口にした。
たまに食べる甘味は脳を活性化させる。
やはりバニラ味が王道だ。
アシュリーも冷凍庫からストロベリー味のアイスを取り出す。
続けて、ナタリーもコーヒー味のそれを開封した。
「もう9月だというのに」
「こちらの夏はじめっとしているから嫌ですね。洗濯物はすぐに乾くのでそれはありがたいですが」
「毎年暑くなってるんだよ。温暖化のせいかな」
あっという間にカップの中のバニラアイスはなくなってしまった。
口の中にほのかな甘さが残っている。
「美味しいですね。向こうの世界にはこんな甘くて冷たいものなかったですから」
「冬に食べるアイスも中々美味しいらしい。僕は試したことがないからわからないけれど」
「なら、冬にも食べましょうか」
「いえ、やはり冬には温かいスープを飲むのが一番ですお姉様」
ごもっともな意見だ。
とはいえこの際だから新しいことにどんどんチャレンジしていくのも悪くないかもしれない。
「冬も、みんなで楽しく過ごしたいな。春も、夏も、秋も」
「そうですね。このまま幸せな暮らしを、続けていきたいです」
ニッコリとアシュリーが微笑むので、瀧本も微笑み返す。
この願い事、ちゃんと神様は聞き入れてくれるだろうか。
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