第44話「裸の付き合い」

 アズベルト達の部屋から戻った瀧本達は、さっき起こったことについて振り返っていた。


 アシュリーやナタリーの仲間が新しく見つかった。

 もしかしたらまだこの世界のどこかで、異世界から飛ばされた人達がいるかもしれない。

 ひょっとしたら、向こうの世界に帰れる方法だって……。


「まさかこんな場所でアズベルトに会えるなんて、思ってもいませんでした」


 そう笑いながら窓を見るアシュリーは、とても嬉しそうだった。

 旧友と再会できた喜びは計り知れない。

 相手が行方不明で生死もわからないとなっていたらなおさら。


 だから、瀧本は尋ねた。


「アシュリーたちはさ、アズベルトと再会して、また一緒に彼らと過ごしたいって思う?」

「そうですね……昔みたいにまた仲良くなれたら、とは思います。けれど、私は、爽太さんとの時間も大切にしたいです」


 少し恥ずかしそうに、アシュリーは答える。

 ナタリーは、アシュリーと瀧本の顔を何度も見返しながら、頬をほんのりと紅潮させて答える。


「私も、お姉様がそういうのなら、そうするだけだ」


 きっと、彼女なりの照れ隠しなのだろう。

 ナタリーもこの世界に随分と馴染んだ。

 瀧本ともそれなりに心を通わせるようになった。

 もっと素直になればいいのに、と思いながら瀧本は微笑む。


「この世界を好きになってくれてありがとうね」


 口走って、途端にむず痒くなる。

 なぜ自分がこの世界の代表者みたいな顔をしているのか。

 らしくない言葉を吐いて、顔を真っ赤にする。


 アシュリーもナタリーも、瀧本の顔を覗き込んで、ニヤニヤといたずらな笑みを浮かべた。

 なんだかそういうところがだんだん矢野に似てきた気がするのは気のせいだろうか。


「……温泉に入ってくる」


 荷物をまとめ、逃げるように瀧本は部屋を後にし、大浴場に向かう。

 今はこの火照った体をどうにかしたい。

 

 温泉は快適だった。

 なんと言っても、露天風呂から眺めるオーシャンビューは絶景だ。

 太陽が水平線に沈んでいく。

 海がオレンジ色に染まっていき、鮮やかな色合いを生み出す。


 綺麗な景色だ。

 この目に留めておくのがもったいないくらい。


 なんてことを考えている、隣に誰か来た。


「ちょっと良いかい?」


 アズベルトだった。

 瀧本が「良い」と言うのを待たず、彼は瀧本の隣に座る。


 隣で見ると、改めてアズベルトが恵まれた体格をしていることがわかって少し劣等感を感じる。

 鍛え上がられた筋肉はちゃんと絞られていて、どこも無駄がない。

 きっと現代の学校に通っていたら運動系の部活でバリバリ活躍していたことだろう。


「瀧本、だっけか」

「そうだけど」

「単刀直入に訊くけど、お前、アシュリーのこと、どう思う?」


 ……はあ?


 質問の意図がわからず、しばらく硬直してしまった。

 どう、と訊かれても、アシュリーの何を答えればいいのか。

 容姿なのか性格なのか、それとも別の何かを求められているのか。


「……アバウトだな。もう少し具体的に頼む」

「じゃあ質問を変えよう。お前、アシュリーのこと好き?」

「ぶふっ」


 あまりにも直球ストレートな言葉が出てきてしまったので、思わず瀧本はせき込んでしまった。

 矢野を始め、もう何度もされた質問だ。

 どういう対応をすればいいのかあらかじめ想定はあるけれど、不意打ちでされると脳内の回路もバグを起こしてしまう。


「……可愛い、とは思う」

「そうか、可愛いか」


 赤面で語る瀧本をアズベルトはニヤリと笑った。

 まるでここに来る前の姉妹のようだ。


「わ、笑うなよ」

「いやあゴメンゴメン。そっかあ。確かに可愛いよなぁアシュリー」


 アズベルトは笑ったままだった。

 ケラケラと腹を抱え、グイッと身体を瀧本の方に寄せる。


「で? 他には?」

「……そりゃ、僕のためにいろんなことをしてくれて、嬉しい。ちょっとドジなところもあるけど、それも全部含めてアシュリーの魅力だと思う。なんかもう、アシュリーのいない日々が、想像出来ないんだよな」


 ふとアズベルトの方を向くと、相変わらずニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべていた。

 自分でもどうしてこんなことを口走ってしまったのか疑問に思う。

 これはきっとアレだ、旅行で頭がハイになってしまったのだろう。


「いや、お前らもう結婚しろよ……」

「結婚って、僕たちまだ付き合ってない……」

「いやいやいや、お前らもうベストカップルだって」


 ドン、と彼は自身の熱い胸板を叩く。

 どうしてそう断言できるんだ、と辟易とした感情を抑えつつ、瀧本は話を逸らそうと別の話題を探した。


「そういえば、君ってアシュリーと幼馴染なんだっけ」

「立場は全然違うけどな。アシュリー、次期国王なんだろ?」

「でもそんなの、今は関係ない。君の方こそどうなんだ? アシュリーのこと、本当は好きなんじゃないのか?」

「ははは、鋭いな」


 するとアズベルトからさっきの勢いはなくなり、少ししおらしくなった。

 夕日に照らされる彼は、どこか物悲しい印象を受ける。


「好きだったよ。もう昔の話」

「今は違うのか?」

「それは秘密」


 アズベルトは湯船から上がり、脱衣所の方に向かった。

 秘密と言った時の彼の表情はよく見えなかったけれど、多分とても辛そうな顔だったのだと、瀧本は察した。

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