第43話「ガーネット」
アシュリーもナタリーも、信じられないといった様子で目の前の少女を凝視する。
彼女は目を瞑ったまま、微動だにしない。
「起きろ」
アズベルトが命令した途端、少女はゆっくりと目を醒ました。
続けて彼は「右手を上に」「戻して」「前進」と指示を送る。
その命令通りに少女は右手を上に挙げ、その後すぐに戻し、1歩、2歩、と前進する。
「OK、戻って」
少女は再び直立不動になり、アズベルトは背中に挿し込まれた宝石を取り出す。
すると少女は人形に戻り、ぱたりとこの場に倒れてしまった。
「何をやったんですか?」
「ちょっとね。家系に古くから伝わる伝統魔法。向こうでもちょくちょく練習はしてたんだけど、こっちの世界に来てからちゃんと使えるようになって」
どうやらアシュリーも知らなかったらしい。
興味深そうにガーネットの方を見る。
「この方も、先程の人形と同じように生まれたのですか?」
「ああ。ただ、こいつの場合、なぜか知らないけれど人間サイズになって、挙句自我を持ってる。多分起動の際に使った宝石に魔力が濃縮されていたからだと思うけれど、今となっちゃ確かめようがない」
ポン、とアズベルトはガーネットの頭の上に手を置く。
それを不服と思ったのか、彼女はムスッとした表情を浮かべ、アズベルトの手を払いのけた。
「いつまでも子ども扱いするのはやめてください」
「なんだよ、似たようなもんだろ?」
「全然違います! 私はあなたの子供になった覚えなどありません!」
フン、とガーネットは頬を膨らませ、プイ、とそっぽを向く。
その仕草は子供らしいのに、と思ったが、瀧本は口には出さなかった。
「でもどうしてガーネットだけ命が宿ったんだ? 何か特別なことでもやったのか?
ナタリーがアズベルトに尋ねた。
彼は首を振る。
ガーネットもアズベルトと同じように首を振った。
「奇跡、としか言いようがないんだよな。忘れもしない、3年前の1月。その日は月食でな、作業に入った時間が丁度皆既月食の真っ只中だったんだよ。ガーネットの宝石をはめ込んだ瞬間、突然光り出して、そこからガーネットが産まれた。それが、俺が初めてこの力を手に入れた時」
アズベルトは、ガーネットが産まれてきた経緯について教えてくれた。
月食、というそれらしいワードが出てきたけれど、アズベルトはそれだけではないと睨んでいるらしい。
「あの日は月食だけじゃなかった。月が少し赤く光っていたんだ。ストロベリームーンって言うのかな」
「あと、その現象が1月だったことも関係していると思います。1月の誕生石ってガーネットなんです。些細なことかもしれませんけれど、きっとこれも関係しているのではないかと私は思います」
ガーネット本人が話に入ってきた。
本人がそう言うのなら、そうなのかもしれない。
要するに、いろんな要素が重なって、ガーネットのような存在は誕生したのだろう。
まさしく奇跡としか言いようがない。
ふふふ、と微笑みながら、恵子はガーネットとアズベルトをぎゅっと抱きしめる。
「アズベルトくんも、ガーネットちゃんも、ちゃーんと私たちの大切な家族だから、何者だとか全然気にしないわ」
「ありがとうございます、恵子さん……」
「恩に着るよ」
ガーネットとアズベルトは恵子に感謝の言葉を告げる。
翔も言葉にしないだけで、彼らに温かい目を送っていた。
この4人には特別な絆があるのだろう。
「家族って、いいな」
「はい。とても温かいものを感じます」
アシュリーの言葉に、ナタリーの姉守護センサーが反応する。
途端にアシュリーに近づいては、瀧本を睨む。
「貴様、まさかお姉様と家族になろうなどと思ってはいないだろうな」
「だからそういうのじゃないって」
「あら、私はてっきりあなた達は恋人なのかと思ってたけれど」
恵子に指摘され、アシュリーと瀧本はお互いに見つめ合う。
ポッと、同じタイミングで顔が赤くなるのが分かった。
その反応を見て、またしてもナタリーはヒステリック気味になる。
「貴様、やっぱり殺してやる!」
「まあまあ、落ち着いて。ね? 別に誰が誰を好きになったっていいじゃない。その人が不幸にさえならなければ」
なんだか楽しそうに恵子はナタリーに話しかける。
それでもナタリーは怒りを抑えることができない様子だ。
そして、その怒りの矛先は瀧本にではなく、なぜかアズベルトの方に向けられていた。
「ところで、アズベルトとガーネットはもう付き合っているのか?」
「えぇ?」
「そ、そんな……」
ナタリーの問いに対し、アズベルトは頓狂な声をあげ、ガーネットも同じように言い篭った。
私も興味あるわ、と恵子も興味津々で2人に詰め寄る。
またか、と呆れて翔は頭を抱えていた。
「嫌ですよこんなガサツな男なんて」
「俺だってお前みたいな小うるさい女ごめんだね」
「なんですって? 大体あれはあなたが──」
ああ、また始まった。
2人は瀧本たちそっちのけで再び夫婦漫才を始めた。
まだ付き合っていないにしても、きっといい関係性を築くことができるだろう。
「私、少し嬉しいです。私の知らないアズベルトの姿が見れて」
アシュリーは満足気な笑みを浮かべた。
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